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2011/11
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セミナー終了☆☆
11月30日。
お父さん、誕生日おめでとうございます。
私を生んでくれてありがとう。


といいながらも、
私の生きている意味が見いだせないこのごろ。

「生き甲斐」がわからないんだなぁ。正直。

あ、昨日電話があって、
バイト先、解雇させられました!!(・ω・;)

お寿司屋さんの居酒屋バイトでしたが、っっm↓
・ほかのヒトとうまくコミュニケーションがとれなかった
・つまみ食いした
・客の残り物をがつがつ食べた。
・お店の飲み物飲んだ。

拒食症、過食症の影響は、「働くこと」にも支障をきしてしまっているらしい。
人間関係を形成できない。
ショックだな。完全に。。。
食べ物に左右されて、自分の性格を偽って、
「きちがい」な自分がいる。

今日、セミナーが終了し、自分のプレゼンが終わりました!
[in vitro effect Noradorenalin on Akoya perl oyster]
アコヤガイへのノルアドレナリン(ホルモン)の影響を調べた論文について
パワポでまとめて発表。
四年になってがっちがち勉強しているな、って思う自分がいる。


最近将来についてまじめに考える。
何がやりたいのか、
何がいいのか。

自分は単純で、そして、公共政策に興味がでてきたのかもしれない。
『強みと弱みはセットで進む』

人は自分の強みで  自ら滅んでいく  
強み(長所・武器)だけで勝負しようとしたら  
いつか、その分だけ仕返しされる  
もし強くなっても  結局は、人に利用されて終わる  

強さだけを求めるのではなく、弱み(短所・欠点)も歓迎しよう  
弱点は魅力になり、欠点があるから 人生ストーリーが進んでいく  
嫌なほど自分の弱みを知っている人は 、真に人と協力して生きていく道を選ぶ  
弱さは、誰かの強さを引き出し、強さは、誰かの役に立つために与えられる


私が拒食症、過食症だってこと、伝えられたら、どんなに楽だろう。
そして、その原因は何だろう。
もちろん私だけど、
小学校のときに先生からいわれた言葉が、まだ、心に残っている。

「君たちは何も悪くない。悪いのは、大人なんだよ。
このひどい環境問題を引き起こしたのも、いきにくい環境を作り出したのも。
だから、君たちは自信を持て、未来を、よりよい未来を作っていってほしい。」

矛盾を抱えているピーターパン。
それは、私だった。



国際協力を考えるにあたって、
世界と自分のつながりを知り、自分ができることを考えることで、
それが初めて、「世界の問題」が「自分の問題」になる。
そのことを最近になって知りました。

なぜか今日ほかのヒトのブログで読んだものと共通していたので、のせます。

『只今に、ただいるだけで、ただならない影響を与える』
何かを無理やり変えようとすると、反対方向の力が生じて  
自分を含め多くを傷つけてしまう 、無理やり力技に走るのは  
手応えや実感が欲しいから  
力づくで変えようとするほど、不要な苦しみが生まれる。大事なことを忘れてしまう  
大切な何かを失ってしまう 、一番大事で大切なこと 、その場に〝ちゃんと〟いること  
目の前のこと(人)に  〝しっかり〟向き合っていること  
そんな人は  いるだけで  周りに大きな影響を与える。


指針。
11月21日(月)
土日は、母親が東京にきてくれて、
進路についてぶっちゃけトークをして終了。


指針が決まるまで、群馬に帰れない。






長崎大学大学院
国際健康開発研究科

出願するまで、あと数時間。

どうしようか。

決断方法。

自分のキャリアや指針を決めるのは難しい作業。
重大な決断を迫られたときに、
「事実」
「継続」
「保障」
が大切。


そろそろ自分も22歳。

いつまでも頼ってられない。

「決めるという事は、自分の判断に納得して行動する作業のこと。」


運命よ、そこをどけ。俺が通る。

思い通りに羽ばたけないとき、翼に右と左があると知った。

どうにもならない他人の心は諦めて、どうにかなる自分の気持ちを変えていきませんか?

才能が努力より先にくるのは、辞書だけだ。

努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る 。

今日という日は、残りの人生の最初の一日。
岐路
2011年11月17日(木)

長崎大学大学院に出願しようか、
本気で迷っています。
出願は来週の火曜日。やば、消印有効じゃなくて、必着だった。
。。。。
本当に決めなきゃ行けない。
どうしよう。

正直、大学の研究室にいる場合じゃない。
自分の進路について考えなければならない。
教授のプレッシャー、
自分の実験、
進路の決まっている友達の中で孤立している私。


すべては自分が招いたこと。




11月15日(火)
の夜は、長崎の大学院にいっている人(博士課程)の人と
夜ごはんをともにしながらお話を聞きました^^)ノ
背中を押してもらいたいわけでもないし、
自分でなんとかしなきゃいけないわけだし。



昨日は避難訓練をさぼって、大学の芝生でばっくれながら、
一人国際保健の本を読んで、
泣いておりました。
すごい悔しい。


…━━…━━…━━…━━…  ━…━━…━━…━━…

*アメリカの大学院でpublic health を学びたい。
⇒ハーバード、ジョンズホプキンス、チューレン
でも、これらのTOFELのスコア、そしてGREが間に合わない。
12/1〆切も多い。


*イギリスに留学
⇒イギリスは一年でマスターを取得することができる。
しかも、国際開発とか、世界でトップレベル。
未来をともにつくる仲間に出会える可能性が高い。
一年語学留学し、その後1年で道をつくる。

*台湾留学
⇒台湾で栄養学を学ぶ。公衆衛生の道にやがては通じるように。



*MPHをとる
⇒長崎大学大学院でも十分可能。
【○】国立なので学費が安い。
【?】長崎行くの?がちで?
⇒二年間のプログラムだけれどフィールドワークがあるのでたかが一年。
⇒MPHの資格は基本役に立つ。

*浪人する@東京
⇒東京で適度な職を見つけて稼げる可能性がある。
そして、東大の大学院などに行き、
もっと学生だからこそできることをやり、
ネットワークを広げる事が出来る。
【○】稼げる。医学部浪人もできる。
【×】本気で浪人できるの?

*浪人する@群馬
⇒近くの予備校や塾で先生のアルバイト
【○】稼げる。実家なのでお金たまるw
【×】実家でのプレッシャーに勝てる?
⇒⇒非実現。


*都内の大学院に行く
⇒横浜国立大学で国際法を学ぶ
【○】国立なので学費が安い。
【?】本当に国際法をやりたいのか?
⇒御茶の水大学で国際関係学を学ぶ
【○】国立なので学費が安い。
【×】国際関係学を学んだところでどうにもならない。


*今の大学院(東京薬科大学生命科学部)の二次募集
【○】環境は変わらない。適度に研究は面白い。
【×】今の教授について研究するのは嫌だww(笑)




思ったより世界は複雑で、
思ったより自分は単純で、
相当追い込まれて、
その分、強くなる可能性を秘めている。

たくさんの選択肢があるからこそ、今出来る事を無駄にしたくない。

今やるべきことは、考えて、
興味ある分野が、本当に興味あるのか、
図書館で本を読みあさってみて、考える事。
自分の向くべき方向と同じようなキャリアを積んでいる人の
人生を参考にすべく、道を歩む事。
あとは、直感で決める。
◎こうなりたい、とか
◎ああなりたい、とか

正直、何も考えたくない。
もっと夢を見ていたい。
でも、それじゃだめなんだ、って。

今を精一杯生きない限り、未来はこないんだ、って
教えてくれたのは、途上国の、村の人々。
だからこそ、私は途上国の支援がしたいんだ。

ぼーっとした、そんな人生は歩みたくない。
人生の目標は失いたくはない。

人に会って何かが変わる事は、たかがしれている。
かといって、孤独になりすぎるのも寂しい。
それでも明日を生み出すのは、自分の主体的な何かでしかない。


…━━…━━…━━…━━…  ━…━━…━━…━━…
親に電話したら、
「長崎、あんまり行きたくないんでしょ?
 それなら焦っていく必要もないんじゃない?」

って言われて、
子どもの気持ち、分かってたまるか、って思って、
ものすごく、悔しかった。




今、ひたすら泣きました。

泣いて、泣いて、うなりました。

いいストレス発散法だわさw



研究室の同期のみんなに心配されて、
そして、
うれしかった。

一人じゃない。


私の笑顔は、他の人の汗と涙でできている。

私が派手に活躍できるのも、縁の下の力持ちのおかげ。
感謝することを忘れずに生きていきたい。
上手くいっているときほど謙虚でいきたい。


自分だけで出来ることは少なくて、
自分だけで出来ることってそこそこで、
そして、世の中にはもっともっと優秀な人がいる。
さらに言うならば、賢いだけでは世の中動きません。

ハートやフットワークが大切。

ガラスのエリートから飛び出して、新しい世界を見に行きたい。
国際協力の本を読んで。
11月14日(月)

12日(土)
大学で研究⇒そのあとNPO法人ドットジェイピーの同窓会。
あ、過食嘔吐したw

13日(日)
夕方まで図書館、今になって本を読みあさり、
深夜の2時までひたすら本を読破。

◆「世界と恋するおしごと~国際協力のトビラ~」

◆「国際協力師になるために」

◆「誰かの為なら人はがんばれる
~国際自立支援の現場でみつけた生き方~」

今更ながら、将来に関しての本を読みあさっています。
もっと早くからしなきゃいけないことだったのに、
でも、、今さらでも遅くない。
やるべき事としてやらなければならない。

この短い一日の中で、
やるべきことをやっていきます。


リーダーシップとは、周りをリードするだけでなく、
自分自身をリードして自立して物事を行なえる人を指す。
人生を自立して歩む事が出来る人は、
幸福感にあふれた人生を歩む事が出来る。

伝説に残るような失敗をしよう。
ただし、回復可能な失敗であること。
波瀾万丈な人生の中、起きた事を悔やんでも仕方ない。
まずは笑って明るく取り組む。
笑って、その場がなごむ。
和んだ雰囲気では、いい考えも前向きに進むエネルギーも出てくる。
自分の気持ちに余裕が無いとできないけれど、
出来る限り笑っていきたいと思う。

『笑顔』が、私の、特技だからだ。

幸せな人生を歩んでいきたい。
夢を持って進んでいきたい。
2011年の"11"にちなんで、

11/11/11(金)

昨日は温野菜で豆乳鍋♡めちゃめちゃおいしかった!!


今の私は、国際貢献の学問の一分野として、
(1)自分の興味
(2)バックグラウンド
(3)世界のニーズ

の3観点がすべてマッチングするものを追求したい。

私は何ができるんだろう。

大学の研究室の先輩には、
「とりあえず」
将来について悩んでいる日々は続きそうです。
未来についてしばし振り返る(2)
タイトルを書いていて、今更ながら、
変なタイトルだな、ってことに気がついた。
未来について、なんて、振り返られない。
過去について振り返る、というか、
未来について、今を見つめることで考える、っていう事なのかも。



11月10日(木)

最近は研究に、バイトに、日々追われながら
精一杯生きて明け暮れている毎日。
ふと気付いたら11月。
長崎大学大学院MPHの願書、どうしようか。

そんな中、広島大学国際研究科研究所長からのメールが。
> バイタリティーは買いますが、今は卒業に全力を投入する時期ですので
>集中する方向を間違えないように
> あなたにとって、今最も何が重要か冷静に考えることを勧めます。

そういわれると、正直焦る。
そして、困るw。

バイトをするべきじゃない。
こんな日記かいているべきじゃない。
でも、メリハリのために、何かやりたくなる衝動。。

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     ○感謝○
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熱帯医学学会のあと、大会長の北先生や、
WHO(世界保健機構)で長年勤めている一盛先生にお会いし、
http://www.unforum.org/unstaff/98.html
いろんなお話を聞いてきました。


>南アでのヒッチハイクが如何に危険か。
はっきりと肝に銘じました。(いまさらながら(笑))

「生きたくても生きられない人がいる。」
「 他人に迷惑をかけちゃ行けない。」
「 無謀なことはしちゃだめ。」

さすがの国連職員の先生のお言葉。
ずっしりと、心にきました。

と同時に、すごい、思う事があったんですよね。

 「 私、こんなに恵まれているのか 」
 「 いろんな人に心配されているんだ 」



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     ○なぜ自分のベクトルが海外なのか○
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学会の方の最後の企画で、
長崎大学熱帯医学研究会による自由集会に参加。
そこではWHOで働いていらっしゃった方が
WHOで働くとは、の説明をなさっていた、
そこでも「何の分野を専攻すればWHOで働けますか?」
という私の質問に対して、
「自分の好きな事を貫け」というアドバイスを頂いた。

正直今の私には、
何が楽しくて、何が自分に会っているのかどうか、
分からない部分が多い。
でも、それは挑戦していかなければならない。



その飲み会で出会った人といっぱいメールをしていて、
金子の特性ーどう観られているのかーがいろいろ分かってくる。

かねこには、「行動力」があるらしい。
「 アツい想いと、行動力に圧倒されました。笑」
「 そのキャラクターは、世界で活躍していくのにとても必要なものと思います。」


正直、海外に生きはじめる私は、そんな子ではなかった。
一人で何をするのも怖くて、熱い想いはもっていたものの、
成田の出国審査で出国のハンコをもらって
「どーしよ、いま私はどこの国にもいないんだw」
とわくわくどきどきしていた人間だった。

この私の思いは、
海外で培われたようなものなの。
行動力も、世界をかえたい、という熱い想いも。
だからこそ、何かしら貢献したい、という思いがあるのかもしれない。


海外にいくことで人よりも行動力をつけることはできたけれど、
その分失った物もたくさんある。
自由人として生きる困難さを、組織社会日本で、大学の研究室内で
今まさに実感している。




>将来どういった形で国際協力をしていきたいのかがハッキリすると、
>次の道も見えてくるのかなと思います。
>自分のやりたいことと、世界の動向を合わせ見ることができれば、
>一番いいのかなと個人的には思っています。

>非感染性(慢性)疾患(Noncommunicable diseases、NCDs)
というのも、これからの国連のテーマの一つ。

大学時代はHIVに焦点を置いて活動していましたけれど、
あまりにも幅が広すぎるのと経済政策を如何せん考えなければいけないことを踏まえて、
また貧困と思っていたアフリカで太っていた女性が多かった事を踏まえて、
世界は単純ではないことを実感しつつある。
日本で摂食障害に罹った事もあり、(拒食症マイナス20kg,その後過食症プラス15kg)
メンタルヘルスについては関心も高い。

正直今の私には、
何が楽しくて、何が自分にあっているのかどうか、
分からない部分の方が大きい。
でも、それは挑戦していかなければならない。


結局は、

自分にしか出来ない事を

熱い想いとともに

やり遂げてみたいんだ。




「 がんばれば、国際協力に関する事が、ボランティアでなく仕事になりますよ。」
「 その際は、無理せず自分と周りの人を大切にしてください。」

「 いずれの道に行っても初心を忘れなければ、
  想いは形になるものだと思います。 」

先生からのお言葉が、すごい心に突き刺さる。

一流の人は、本当にかっこいいと思う。


目指すべき像がだんだんと明らかになる。
「こういう人になりたい!」まさにその人だった人たち。
それは学会で出会った人たち。
何かの専門家。
そして、リーダー。
この世界を動かしている、まさに、その人。

私も、そんな一流の人になりたい。

世界は、日本は、一人一人の力によって支えられているけれど、
【それを、誰が、どう、みんなの力を集約するのか、】
に私は興味がある。



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     ○心の中のキーワード○
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悩んでいる暇はない

アフリカ社会:どれだけ生きるのが大変か。
そのことを"生かしたい"

アフリカの貧困は貧困のまま⇒計画とマネージメントの見直し

未来があって、いまがある。
やるべき事をやっていきたい。







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     ○これから求められる力○
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日々を、「与えられたから」という理由でやるのではなく、
そこから「何を学びとるか」というのを彼らが自分の言葉で表現すること。
それはまさに、自分の頭で考え、表現するという力。


新しい世界に出て感じる力を手にする為に、
 今出来る事。
 今だからこそ出来る事。

*感性を磨く
*"プライスレス"を手にいれる
*環境を変える。

そして、達成する為には、
自分の直感を信じて決める
国際機関に出て行く

国連職員の先生に言われた事。
それは、
 「世界の動きは自分が決めている。」

ということ。
人任せにしない。そして、専門性を磨く。
それは、公衆衛生なのか、管理運営能力なのか。



人脈/情報/経験は人生の財産。

自分が何を出来るか、が分からないと
他人に何かをすることなんてできない。

だからこそ、
自分の道を広げていく。


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     ○ボランティアとは○
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★ボランティアとは

かわいそうだから買ってあげよう」というのは上から目線だし、
その意識は結果として、対等ではないワンウェイの関係をつくってしまう。


チャリティというのは、1回限りで終わり。
まさしくサステイナブルじゃない。
もし貧窮している人がいたとすれば、
必要なのは魚をあげることではなく、魚の釣り方を教えてあげること。
そして、それがビジネスとして成立する構造をともにつくっていくこと。
それがサステイナブルということ。


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     ○将来○
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やりたいことを貫いていく。
誰しもやりたい事はあるが、世の中でよしとされている事と多くの場合、一致はしない。
世間体期認知されている事をやって安定的な人生を送るのか、
あくまでもやりたいことをやり抜くのか、。。

そんな大人は多いと思う。

そして、私は、
やりたいことがあると、あきらめられないたち。
何かをやりたいとなったら、やるかやらないかと考えるのではなく、
やるためにはどんなハードルがあって、
それを乗り越えるにはどうすればいいのかを考える。


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     ○人生の偶然性○
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自分は計画性のない人間だとは思う。
けれど、だからこそ、人がもっていない良さを持っていると信じたい。
人生の偶然性を信じて、その素晴らしさを体現していきたい。
何かが新しくて楽しいということが起こる。

人間のパターン認識能力というのは、
中年になってから強化されると本で読んだ。
直感とも違う、たくさんの経験から学んだ「これはこういうことだ」とわかる、パターン認識。
それはつまり「Wisdom(=長年の経験に基づく賢明さ)」。

一方で若いときにできることがある。
それは、「感性」。

ただし、年齢を重ねても楽しくあるためには、条件がひとつあるらしい。
それは、新しいことに挑戦し、学び続けること。
毎日同じことをしていれば、たとえ30年たっても経験は1日分と同じにしかならない。
チャレンジを続ければ、1年で365日の積み重ねができる。
フィードバックも増えて、どんどん世界が広がっていく。
だから、人生の偶然を楽しみながら、どんどん新しいことに挑戦しつづけいく。

自分は、こんな人間なんだろう。
型にはまった人間なのではないのだろう。


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     ○挑戦化○
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まずは、やってみること、
考え込んでいても何も始まらない。
絶対にやると決める。
もちろん想いだけで走ってしまってはダメ。
スタートの段階でビジョンを明確に持つこと。
あとはそれに向けて、緻密に固めていく。

世界観をわかりやすく伝えること。
時として、それが社会の求めるものなのか、
自分の個人的なこだわりなのか、わからなくなる。
その時には、原点となった世界観に戻る。
ビジョンが明確であれば、進む方向は自ずと見えてくるはずです。

多くのビジネスマンが「差別化」を口にするけれど、
形にしていく過程で迷いが生じる。
最初のビジョンを大切に、丁寧に価値を盛り込んでいく



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ○世界観○
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「性格は変わらないけれど、価値観とか世界観は変わる。

私は、『●●はこうでなくちゃ』という思い込みにすぎないことが多い。
普通に暮らしていても、思いもよらない妙な人に出会うことがある。
その人なりに生きていることがわかると、自分がこだわっていた価値観も相対的に見えて、
『こうでなくちゃいけない』なんていう生活スタイルはないんだな、と気づいたりする。
そういう意味では、私は若い頃からずいぶん変わったよ」


うーん、確かにそうですよね。
子どもは「一姫二太郎」が理想、女には母性愛がある、
夫婦は一生添い遂げるべき、
体育会系は無神経なアホ、
男なら1000万円プレーヤーを目指せ、
会社員より自営業者のほうがカッコいい、
田舎は温かくて都会は寂しい、
宗教は古臭くて怖い、
六本木には拝金主義者、
永田町と霞ヶ関には権力主義者ばかり……。
こういう「価値観」らしきもので自分を固めていれば、
「こだわりを持った一筋縄ではいかない男」を演じられるし、
苦手な人を避けて生きられるので楽かもしれないけれど、
だんだんと自分の世界を狭めて息苦しくなってくる。


苦手な人とも面と向かう心構えがあれば
価値観や世界観は伸びやかに変わっていくと思う。
もっともっといろんな人に会いに行こう。
率直な気持ちをぶつけて
相手の話も聞く対話の中から、
時代と自分に必要な新しい価値観を見つけていこう。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ○達観した人生○
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
スティーブジョブズの妹が書いたのものに感動を覚えたので
引用させて頂きます。
彼は挑戦しました。
いつもいつも挑戦しました。
その試みの中心には愛がありました。
彼はとても直情的な人でした。
その恐ろしい時節、
私は、スティーブが自分のために痛みをこらえていたのではないことを知りました。
目標をさだめていたのです。
病気になっても、彼の好み、彼の決意、彼の判断力はそのままでした。
私たちはみな、最後には、途中で死にます。

物語の途中で。
たくさんの物語の途中で。

やらなければならないことでした。
彼はいまだに、厳しいハンサムな顔立ちをしていました。
絶対主義でロマンチストの顔立ちをしていました。
その呼吸は困難な旅路、急峻な山道を思わせました。
山を登っているようでした。
その意志、その使命感、その強さと同時に、
そこにはスティーブの不思議を求める心、
美術家として理想を信じ、のちの美しさを信じる心がありました。

その数時間前に出た言葉が、スティーブの最期の言葉になりました。
それは三度繰り返す単音節の言葉でした。
船出の前、
彼は妹のパティを見て、
子供たちをゆっくり見て、
人生の伴侶ローリンを見て、
そして皆の肩の向こうを見ました。
スティーブの最期の言葉は次の通りです。
OH WOW. OH WOW. OH WOW.
未来についてしばし振り返る(1)
2011年11月9日(水)

2011年11月6日(日)
熱帯医学会/国際保健学会にお邪魔。
そして、WHOで働いている方や、熱帯医学の研究科の方々と
夜まで飲んでおりました。
そのあと、メールする機会があって、
改めて、「自分が何をやりたいか」を見つめ直すことに。

しばしそんな、自己満足的な文章を書いてみます。



ずっと途上国で何かをしたいと考えていました。
国際公務員という職業に憧れをもっていたので、本当の実態について勉強できたのは
この上ないすばらしい機会でした。

国連職員、途上国支援は昔からの夢でした。
幼い頃から海外に漠然とした憧れがあり、小学校で英会話をはじめたのをきっかけに
自分の知らない世界があることについてわくわくしたのを覚えています。
小学校のときに国連大学を訪問する機会があり、そのとき、国籍を超えて
人々が一つの目標に向けて情熱的に頑張っている姿を観て、
それが今の私にも焼き付いています。

その後、高校の文理選択時には国際関係学を学ぶために文系を考えていましたが、
理系⇒文系の転部が可能ということを知り、敢えての挑戦心で
理系を選択しました。
そして研究という形で社会に貢献しようということを心から決めていました。

今の大学に関しまして。
研究では、環境問題に興味がありました。
ダイオキシンなどの環境ホルモンに興味があり、
その問題に取り組んでいる研究室がある大学を、(実際今はその研究室にいます。)
そして生命科学を学部として初めて設立した、歴史のある大学であることを
表面上の理由として、
最終的には学力的にここしか妥当なところがなかったので入学を決意しました。

大学入学後は、もちろん研究者になろうと考えていました。
しかし、理系の研究者は、研究そのものに楽しみを感じる、といいますか、
大学の教授と自分の将来のvisionを重ね合わせたときに、
何か違うのでは、というモヤモヤを感じてしまいました。

そしてそれは次に政治への関心をもたらしました。
というのも、いくらすぐれた研究成果があっても、国がしっかりとした
政策がなければ、それは取り入れられない、というところからです。

大学2年では早慶の人たちと学生団体でクラブイベントを企画したり、
大学3年では大学に週1回しか行かず、参議院議員の学生秘書をして、
(当時環境委員会に所属)、国の政策について学んだり、
国会議員になろうかと本気で考えたりしました。
しかしながら、国会議員と政策は別物である事を知り、
コンサルやシンクタンクの方面に就職することを希望していました。


大学3年のときにHIVの孤児院ボランティアをし、
それをきっかけにアジアアフリカを旅するようになり、
それから、自分のできること、やるべきこと、
そして世界が求めている事は何か、を真剣に考えるようになりました。
===生きたくても生きられない子たちがいる。===

そんな視点から、いつの間にか医療への興味が湧いてきました。
最初は環境問題に興味がありました。
大学3年の夏にネパールで3週間環境教育のボランティアをしましたが、
現地ではすでに環境教育が行なわれており、
首都カトマンズではオートバイによる大気汚染がある一方で、
そこから3時間の僻地では、まったく環境問題なんて関係ない。
そして、途上国の環境問題には、温暖化の排出取引の話でもないですが、
お金が大きく関わってくることを知りました。
個人の意識よりも、企業の行動の方が大きく求められるわけです。

いろんな活動をして、自分の適性について感じてきました。
私は、現地の人と、いろんな人をいっぺんに巻き込んで、
一人で何かするのが得意なのかもしれません。
そのような視点で、医療の分野で何かをしたい。

医療、または、教育の分野にて。
それは、未来ある子供に、笑顔と希望を与えられるから。

7~8月に一ヶ月半のアフリカから帰ってきたあとは、
真剣に医学部の学士編入試験に挑戦しました。
国立2校うけまして、両方一次試験で落ちてしまいました。

途上国援助を考えたときに、開発学がメジャーですが、
MPHも重要なキーワードだと言う事を知り、MPHの取得を考えていたところです。
来年3月大学を卒業します。
だからこそ、意味のあることを学びたいですし、
もしそのあと自分の適性にあってないとして、進むべき方向を変えたとしても、
どの分野にも、また途上国援助というゴールにむかって、
役立つものでありたいと考えているからです。


自分にしか、できないことをしたい、
ものすごく自我の強くわがままな視点ですが、
私の生命を、他人を通して、価値を再認識したいと考えています。

なぜ途上国か、というと、
私は途上国の子供たちに、生きる希望をもらったからです。
そして先進国の人間として、何か一つでも還元できる物があるのでは、
とも考えているからです。

JOCV提出
11月7日。
昨日まで行なわれた
第52回日本熱帯医学学会大会
第26回日本国際保健医療学会学術大会
に参加し、
総長の先生たちとお酒を飲み終電で帰ること帰宅25:30。

次の日朝起きて、何度寝もして、
まさかの13:00学校へ登校w


青年海外協力隊の募集要項、応募完了しました:)

そういう、本気になって、
がむしゃらに何かを追いかけた経験をしたくて。

何かを求めているんだろう。
障害、という個性。
今日の独り言は、ちょっと股関節に関係あるかもです。

11月4日(木)

おはようございます(・ω・)ノ
と、太陽の光をあびた昼寝から目覚めた。
午前、研究のミーティングが終了。2週間に一回あるんだけど、もう大変たら大変ww

さんざん嫌だった研究室だけど、いつの間にか、
太陽のひなたぼっこが好きになり、今に至る。

昨日は、内部障害(膠原病)の方とお会い、ランチを一緒に。
障害者ということを受け止めていて、
だからこそ、何かしたい、と考えている。

「わたしにしかできない何か」

を、みんな、模索し続けている。

というのは、
股関節が悪いからこそ、
「生きる歓び」
「歩ける歓び」
を私はしっているから。
摂食障害は受け止められていないけれど、
股関節の障害のことは受け止められている。


"この障害をどう生かすか"

そして、「答え」
自分がどうしたいか、は、自分が知っている。

でも、日本。

可能性があるのに、何か縛られた決まりかなにかで
それを行動にうつせない人が多い。
会社に入って、やりたいことと、やるべきことの
ギャップにも気付きつつ、
でも、それが行動にうつせない人も多い。

"大人"は、思った以上の、"大人"じゃなかった。
精神的に、精神年齢が低い、自分含めて。
心の闇があり、それを消化できない。
理性的な自分に負け、弱い自分が買ってしまう。
自分自身の勝手な行為に溺れてしまう。
自分の人生をけがしたくない。


普通に生きるという事は全然簡単な事ではなかった。
皆なにかしらの問題や悩みや犯罪などを抱えて生きている。
でも、どうせあと数十年で死ぬのなら、未来の自分の為にこれからは後悔しない生き方を。


秋田大学の不合格発表後、
それがだんだんと自分と見つめる事が多くなってきた。
恥ずかしいけれど、一週間ほぼ過食嘔吐をしてしまった。

私がしたことだから自分が苦しいのはしかたない。
でも愛する人を苦しめてはいけない。
こんな私でも私を必要とし嘆いてくれる人も沢山いる。
子供からは愛を無償でうけている。だから止める。
病気だろうがなかろうか、完治しようがしまいが止める。
愛する人に迷惑がかかるよりずっとましだ。
幸せが壊れるよりずっとましだ。




違う角度からものが見える人は、強い。

実力以上の欲張りをしないこと。

幼児から信用と理解が大切な財産になる。


留学の教科書を読んで引用。
>人生は自分の適性を早めに見つけ、
>人生の適職を早期に発見したものの勝ちである。そうすることに成功した人は目が輝いている。
>自分を探すには、
>親許や日本を一時離れてみると意外と近道であることが多い。
と、書かれていた。

大学院:人生の勉強を含めた本気の勉強。であることを実感。


生き残る為に人生のある時期を闘った人達に共感する。
その証は人格に新しい個性を与えてくれる。
かっこいい人になりたい。
居酒屋のバイトをはじめて、一ヶ月半。
大人と子供の違いを日々感じる。
なんだかんだ楽しんでますよw
がんばれることがある、って、すごい。
夢中になれるものがあるだけで、幸せになれる。



多くの日本人は「まじめな罠」にハマっている。
「まじめの罠」にハマった人は、常に被害者意識を持ち、
まわりに攻撃的になり、他者を差別して満たされようとする。
できあがった「決まり」に従うだけで、
自分で責任を負おうとせず、国や大企業(や勝間氏のようなスター)など「お上」に絶対的な無謬を求め、祭り上げる。その一方で、「お上」に少しでもスキがあれば大きく失望し、猛然とブッ叩きにかかる。依存心が強ければ強いほど、裏切られ感も強くなるというわけだ。震災後、確かにそういう場面を非常に多く見た気がする。震災前から1年単位で首相のクビを取り替え続けてきたのも、それに関係しているかもしれない。

自分の人生に満足できる生き方をしたい。
失敗を恐れない。
問題設定そのものを疑い、正しい自己認識を持つ。




友達のツイートを読んだ。

>「この地に足ついて、ここでしっかりがんばっていこう。」
というある女友達のツイートに対し、
>「ここで残っている理由」を見いだせる貴方がうらやましい
というコメントがついていた。

私は、

「 東 京 」 で、

何を学んで、何を残せるのだろうか。


群馬に帰りたい。
でも、帰れない。
それは、いらないプライドなのかどうなのか。


>魅力的な人は  
>人生のある時期に、様々な理不尽なことをされて  
>様々な不条理な目にあって、並々ならぬ経験をする  
>そして、自力の限界を知り 、利他の世界に入って
>「お疲れ様」と、相手の心を察して気づかう、
>「おかげ様」と、全てをありがたく受け入れる
>「お互い様」と、誰かのために生きるようになる

「国際ボランティア」講師として。
10月30日(月)
神奈川県本厚木にある愛川中学校というところに、
総合学習/道徳教育の時間に、【国際ボランティア】の講師として、
ゲストティーチャーのボランティアをしてきました。
国際ボランティアをやっている大学生、NPO職員6名たちと。


いやー!まじでたのしい!!!!!★
「おい、ひろこー!」みたいなガキんちょ中学生と一緒に、
遊んできました!

中学2年学年集会で全体会で世界一周クイズとかやってさー
そのあと各クラスにいって、スケッチブックを用いて、世界の写真をみせたりして、
その反応が帰ってくる訳ですよ。

何かを伝えて、
それが帰ってくるって、すごい心地いい。

「伝えられる歓び」
「反応がある」ということ。


いろんなことを通して、
自分のやりたい事が見えてくる。

人を通して、自分の存在価値を再確認すること。
これが、私が好きな事。
プロフィール

ころいど/みせす

Author:ころいど/みせす
*群馬県太田市出身
→東京の薬科大学を卒業@2012
→群馬の大学院修士取得@2014
→2014年4月~都内社会人。

*1991年股関節脱臼(生後3歳)
*2009年臼蓋形成不全
変形性股関節症進行期
 CE角(正常+30°~)
 左-22° 右+16°
→2009/3/5に左股関節骨切り手術「AAO」
(当時大学2年春/19歳)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
*現在
【左既術性形成不全股関節症】
経過観察中。術後7年経過。(2016年4月現在)

オペ後に体重管理をしようと、
大学2年〜自己流なダイエットをしたことにより、
*摂食障害歴(拒食,過食嘔吐、過食、無茶食い)
6年〜

★メールは
kaneko.hiroko93★gmail.com
↑★を@にかえてね!

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