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2012/04
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ブログ継続宣言補足。
ころいど@術後3年と約1.5ヶ月。

大学院生活続いています。

◎日常生活でできること(・ω・)
毎日駅から大学病院まで、片道4.2km×2=往復8.4km歩いています。
電車は35~1時間(乗り換えによって30分待たされるときもしかり。)
くらいありますが、昨日はたちっぱなしで大丈夫だった。

歩き方はちょっと外向きだったり、
しっかりと蹴ることはできないけれど、
信号点滅とかは普通に走ることができます。
なんとなく大転子の部分が痛いかも...っていうのはここだけの話。

◎股関節

【ブログ継続宣言】を出したのはいいけれど、
やっぱり迷ったりもするわけですね。
伝えること、責任がつきまとうから。

少なくなったAAOの体験記、手術記、物語。自分の経験の様子。
その中での想い。


>「AAOや医者を信じるとか、良いとか、お勧めするでなければ、書けるはずがない。」
という書き込みがあって、まさにそうだなああとも思います。
少なからず私はAAOを信じていますが、おすすめするとはまた別なもの。

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単なる、今後の方に伝えたい。
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手術方法ちがっても、経緯が違ってもみんなみんな、股関節に想いを馳せて生きている。
それぞれの想いがわかり合い、認め合いながら、同じ病の方々と結びつけられたら。

たとえば、術後の回復は、長い期間がかかる。
術後すぐ脚が全く動かなくって「絶望」気分になる。
日々すこしずつよくなっても、あれができないこれができない。
そして、痛い。すぐかたまる。しゃがむのも寝返りもうてない。
たまに楽になる。それが、長期間に広がっていく。

回復が停滞しているとき、グチがでる怨み節もでる。

同じ方々がいると負の連鎖になってナーバスになるけれど、逆もしかり。

だからこそ、想いを共有できたら。

それだけ。





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股関節を愛すること、
人を愛すること。

今は摂食障害と鬱の影響で、自分自身を信じられなくなっているけれど、
この股関節を信じることで、また信じられる日がくるといいな。


AAOブログ継続宣言。
2012年4月22日。
ころいど【股関節ペンネーム】
=かねこ【自分を指すとき】
=金子【金子の名字】
@群馬大学保健学研究科修士課程1年。
専門は分子細胞生物学、ホルモンを遺伝子転写レベルで
研究する予定。。。本当は文転したいけど(笑)



そして、変形性股関節症患者。
たまにはまとめようかな、ってことでブログを書いてます。


手術前の写真と比べてみると....

【before】2008年9月
セカンドオピニオンとして、はじめて岐阜を訪れた時に
撮影した写真はこれ。



【after(1)】2009年3月術後10日経過



【after(2)】2012年4月 術後3年経過


臼蓋のかぶりに注目。
臼蓋内転骨切り術のおかげで、CE角―22°⇒正常域へ。

**********************

AAOについては、ネットで様々ないきさつがあったようです。
それをやっと、1年弱たって、真実を知った私。


ちょっと、遅すぎたのかもしれない。



股関節の疾患って、本当に大変でかつ重要な位置を占めているものだと思う。
股関節の手術が終わり、落ち着いた今でさえ、
私=股関節抜き、では考えられない。
それは、股関節が悪くて生まれてきて、幼いときに2回手術をして、
小5のときに、臼蓋発育形成不全を指摘され、
小6のときに、鬼ごっこができないほどの痛みに襲われ
中学3年のときに、手術宣告をされ、
大学1年次に、すでに痛みがでて走れなくなっていた、自分。

この手術をうける思いは大きかったと改めて思う。

ということは、ブログ上に何度も書いているからいいとして。

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私が受けたAAO(臼蓋内転骨切り術)は、
東海地方の(愛知よりの岐阜県)病院の、ある先生にしか
行われていない、オリジナルな手術です。
そして、RAOやERAOに比べて術数が少ないものでもあります。

私が受けるころから、ネットで一気に情報が広がりました。
両側同時を行った人もいるそうです。

そのネットでの情報を通じ、広まり、
いろんな情報が拡散してしまい、
医療に必要な「個人差」というものが、失われることもあり、
人によって、その手術後の成績の差が出てきました。
残念なことに、人によって、術後の成績が落ちる人もおります。
様々な人の努力と経緯があり、
今現在ネットでの情報拡散は落ち着いています。

個人差が大きいのは事実で、
通常AAOでは早い人は1か月で杖とか外せるのに、
私は杖を外すのに6か月~9か月かかりましたw
退院後近くの総合病院でリハビリを受けること、1年くらい、かな。


というのはおいておいて。

そのいろんな経緯のお話しをきいて、
私は、このブログを続けているのが怖くなりました。
だって、この情報が、どんな相手に、どう受け止められるのか、
わからないから。

AAOという数少ない情報の中で、私が与える影響が測り知れなくて。

それでも、私は書き続けたい。
あくまでも【自分のケーススタディ】として。

同じ時期に手術を受けて、今THAの手術が終えた方ともお話ししました。
「ころいどちゃんは、術後安定しているのだから、AAOを信じていて当然だよ。
そりゃ術後の結果が悪かったら、AAOを憎むだろうし。」

そして、主治医の先生から
「・・・・人間なんだから。」






AAOの手術の結果に関して、様々な思いがあると思います。

AAOの手術の術後に関して、様々な結果もあると思います。


私は、幸いなことに、恵まれていたことに、
AAOで無事術後3年目を迎えることができました。
もちろん、明日いきなり軟骨が減り始めるのかも分かりませんし、

大学の卒業研究の教授とのストレスで1年で30kg太ってしまった今、
股関節の負担は測りかねない、ということで、
ものすごく股関節に酷な生活をしているため。。。
あんまり期待はできかねません(笑)

とはおいておいて。

ころいどはいろいろ迷った末に、
高度臼蓋形成不全(CE角マイナス22°)をどうにかするために、
あと休学を避けるためにAAOにしました。
しかしながら、もしかしたら、AAOじゃなくて、
RAOでもうまくいっていたのかもしれなし、ERAOでも同じように。

はたまた、キアリのほうがよかったのかもしれない。
(実際セカンドオピニオンとして東京女子医大の
土方先生にはRAOでは対応できない、ということを頂きました)


たぶん、術後悪くなる人も、良くなる人も、紙一重で、
そう思うと、私はいてもたってもいられなくて。
自分が「順調」なのを、素直に喜べない自分もいて。
(このへそ曲がり、め)
でも、そこにいるなら、進むことはできなくて、
この股関節があって、今があるからこそ、
何か全員が前に進めるために、何か私にできることはしたいと思うのです。



ブログ、ということは、文章を書き、それを誤解のないように
真実を伝える、という大きな、大きな、責任があるとは思います。
しかしながら、情報が限られている中で、
私は、私の思いをつづっていきたい。

決して、私の考えを、誰に、何かを押し付けるつもりはないです。
残念ながら、私は、私でしかないのです。
(そういう意味で早く鬱病から克服しなければならないのですが)
いろんな人がいて、いろんな結果があって、
でも何が悪いから、術後の結果がよい、悪いなんて、一概に決められるわけないじゃないですか。

みんな違う。それが人間なんだとも思います。


(・・・・医療に携わる仕事がしたい。
 ころいどの挑戦は、またはじまります。予定。)

そういう視点もありながら、ころいどがブログ継続宣言をするのは、以下の通り。 

股関節の専門的なことに関しては、素人なので書けませんが、
股関節患者としての思いを、しっかりと綴り、
患者からの視点だったり、股関節の手術を受けた人として、
メンタル面で何か誰かとつながっていけたらいいな、と心から思います。

2012.4.22 ころいど
術後3年検診終了。
2012年4月20日(金曜日)

岐阜にいってまいりました!1年と5か月ぶりの、
術後3年次検診です^□^)ノ


結果としては以下の通り。
ころいどは載せますよww
ただし、私の症例であり、ほかの人と比べるものではありませんし、あくまでも自己満足なのであしからず。





==========================
19日大学院講義終了後⇒さいたま新都心から夜行バスへ
20日6:30名古屋着
少しだけ休んだ後、そのまま名鉄で岐阜へ。
8:30 秘書のOさんと再会!かねこのこころのよりどころです><)
Oさんなしではこの手術はできない!と思うくらい。

10:00MRI
初MRIにドキドキ♡と思ったら.。。
どどどど、ぎぎぎぎぎの繰り返し。
最初は耐えられたけれど、15分はきつかった。
痛みはなかったけど、たしかに閉所が苦手な人とか、
音が苦手な人はつらいよな、って実感。

その後すぐに診察をしていただき、
「順調」のお言葉を。何よりもありがたくて、ホッとしました。
一年で30kg太ったからだとしては、絶対股関節にガタがきてると思ったから。

骨切り組の人たちにもお会いし、
午前の終わりには病院を後にしました。

とりあえず名古屋へ。。ってことで
名鉄百貨店とか名古屋駅とか名古屋土産とかうろうろしたあと、
14:30に大曽根、徳川園へ。
18:00に同じ病気の患者さんとあおいしたりし、
21:30に大学のOBの先輩(初対面ですが!)と飲み、
23:30のバスにのりこむ。

6:00に新宿、
8:00に大切な人と一緒にお茶。
そして群馬へ至る。

二泊三日、バス二泊でしたが自分の過去を振り返り、次に進めるような、転機となる2日間だったように思います。ひさびさに「得た」という感覚を味わいました。

一年ぶりの岐阜の主治医、秘書さんとの感動の再開。初MRI。(←本当にうるさかった)
名古屋大曽根徳川園散策。まさかのおじいさんにナンパw
同じ病気の患者先輩、facebookで知り合った大学のOBさんとの出会い。

いままで研究室で頑張って、うまくいかなかったこと。
病気によって翻弄されてしまう人生。摂食障害、肥満。

医療とは、医者とは、患者とは、その存在の大きさ。
信頼関係とは。

自然の摂理が教えてくれたこと。この世の中が教えてくれたこと。

徳川園日本庭園の自然の静けさ、優しさの中で、もう一度生まれていく。生まれ変わっていく、
人々の優しさに触れ、世界の広さを知る。こんな私を抱いてくれる人がいる。抱きしめてくれるひとがいる。

どうにもならないことがある。
一度や二度の失敗は、失敗じゃない。それもまた、経験。

心が健康になるために。

手術して3年が経過したこの股関節。あと10年、20年後には人工関節になることも、覚悟しています。
それでも、今決めたことは、足がどんな状態になっても、この足を引きずらないで生きていきたいと思っています。

=========================================
あした、第2の実家へ。
2012年4月19日木曜日。

ころいど@群馬大学大学病院です。
別にありのままにブログかいています。本人特定されてもあしからず笑)

★久々に説明★
・ころいど:股関節AAOでのペンネーム
・かねこ :金子の名字
となっていますwww


第2の実家とかきました。岐阜の病院です。

4月20日10:00~MRI、
術後3年目検診にいってきます。
今日さいたま新都心発の夜行バスの予定です。

主治医の秘書さんからのお言葉に、
心からの涙。

>実家に帰る感じで。
>気楽に帰って来て下さいね。
>病院は新しくなりましたが、今年も桜は咲いています。
>病院の桜を見ると、リハビリで外を歩いていた金子さんを思い出します。

なんか、すごい心が震えたっていうか、
私、まだ生きてていいのかな、っていうか。

鬱で、大学の研究室にいても、
まだ何もできない自分が嫌になって、
それでも、何か進んでいるのかな。
生きてていいのかな。

ふと今日の朝思ったことは、
医学に携わりたいなってこと。
生きるために、生きていくために、自然の神秘に降れ、
この生命を全うしたいな、とも思いました。

今日名古屋へ夜行でいきます。
もし診察などですれ違うかたいらっしゃいましたら
「ころいどさん?」ってお声かけていただけたら幸いです★
スカイツリー!!
2012年4月8日。
更新するとアクセス数があがるの、面白い^ω^)


  
群馬にもどってから久々の東京で、花見でした♡
これが天下のスカイツリーさまさま♡

さて、ころいど、こと金子は

群馬大学大学院保健学研究科 
地域・国際保健学ユニット
生体情報検査科学

に正式に入学して今にいたります。

群馬に帰ってきて体重計乗りました。
去年の4月から1年で30kg太りました。
研究のストレス。摂食障害。過食症への移行。
25kgやせて30kg太るというまさかのリバウンド。

ちなみにまだ研究室決まっていないってゆーか
今更ながら変更したいと思っている今(笑)


それで太ってどーかっていうと、
・・・・痛みはたまにあるんですよね><)
ぶれる、軸足がしっかりたってられないってことと、
付け根の外側が痛い。
のに関わらず歩くことは続けています。
上野⇒浅草まで4km,上野、浅草いっぱいいっぱいあるいたww

糖質制限で今頑張ってダイエットしているので。

今度4月20日に、主治医の待つ岐阜の病院にいく予定です。
それまでにはまた痩せたいなぁ。。。


__________________

何度でも何度でも何度でも 立ち上がり呼ぶよ 
きみの名前 声が涸れるまで
落ち込んでやる気ももう底ついて がんばれない時も 
(♪Dream comes true / 何度でも)

やり場のない怒りやもどかしいこともあるけれど、
そこで腐ってはいけない。
きっと心が落ちつく日がくるのを信じたいと思うこのごろです。
大学研究室卒業。
4月3日を持ちまして、東京から群馬に帰ってきました。



3月30日まで学校、研究室にいっていて、
やっと、大学卒業という感じです。

東京薬科大学 生命科学部
環境ストレス生理学研究室
Laboratory of Molecular Environmental Physiology..

次世代シークエンサーによる軟体動物巻貝イボニシのEST(Express)データベースの作製。

読んだ論文は約80献。

自分の無力さを知り、
研究室でたくさんの自信を失い、つまり、自分の弱さと向き合い、
せまい社会の、組織のことを勉強した、一年でもありました。
摂食障害が過食症へと移行し、しかしながら、
大切な仲間と一緒に、同期の大切な7名でここまで頑張ることができました。

生まれてきたとき、私は世界への信頼に満ちていた。
人の間に生を受けて、人の間に抱きしめられることを期待していた。
でも、生きていることは思い通りにならないことの連続だった。
触れてもらえなかった思いが連なっていった。

悲しみ/不安/喜び/感謝/友情/愛情/ゆらぎ
たくさんのことを経験し、
本当の価値とは、形ないものの価値を再認識すること。
それを体験することが人生の豊かさということを学ぶきっかけになりました。


毎日のように、当たり前にいっていた研究室。
そして、東京の生活も、あと少し。

みんなを駅までおくるときに、3年も住んでいた東京の
夜景が、妙に輝いて見えたのです。

余命を告げられた人の色の景色が輝くように、
限られたからこそ、光輝くものがある。

「もっとみせすを支えたかったのに。」(注:みせす=かねこ)

友達からのこの言葉に、
何、一人強がっていたんだろう。
中途半端がいやで、一人馬鹿していたんだろう、と泣きそうになってしまった。

「お互いに研究、進路、頑張ろうね。」
「何かあったらすぐ連絡してね!!」

.....どこにいっても、そばにいるよ。......
そんな優しさに包まれ、私は未来にすすむエネルギーをもらえた気がするのです。

宅のみ中に部屋でパソコンを開いていて、
ふと出た、スクリーンセーバーの中にある、
子供たちの笑顔の写真たち。


私は、ここにいちゃいけないんだな。
前に進まなきゃいけないんだな。

そして、子供たちの笑顔のために、頑張らなきゃいけないのだな。

人のために、誰かのために役に立ちたいのならば、
誰かのために、笑顔になろう。
目の前を大切にすること。頼り、頼られることから始めよう。

最近になって、ちょっとだけ、前向きに思えるようになったのです。


あなたを包むすべてが、優しさであふれるように、
私は強く迷わずを愛し続けたい
プロフィール

ころいど/みせす

Author:ころいど/みせす
*群馬県太田市出身
→東京の薬科大学を卒業@2012
→群馬の大学院修士取得@2014
→2014年4月~都内社会人。

*1991年股関節脱臼(生後3歳)
*2009年臼蓋形成不全
変形性股関節症進行期
 CE角(正常+30°~)
 左-22° 右+16°
→2009/3/5に左股関節骨切り手術「AAO」
(当時大学2年春/19歳)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
*現在
【左既術性形成不全股関節症】
経過観察中。術後7年経過。(2016年4月現在)

オペ後に体重管理をしようと、
大学2年〜自己流なダイエットをしたことにより、
*摂食障害歴(拒食,過食嘔吐、過食、無茶食い)
6年〜

★メールは
kaneko.hiroko93★gmail.com
↑★を@にかえてね!

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