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2017/08
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国際問題へのあこがれ。
12月8日(木)
ころいどです(・ω・)ノ~~実験生活が続いてます。
まじで勉強、死にそうww
そして過食気味。深夜、寝る前、食べます。とにかく食べます。

国際協力についてまとめたので書きます。


最近になって、本当に国際協力とは何か、を考えるようになりました。

(長々となりましたが)少し自分でまとめてみた気持ちを書かせていただきます

いままでは問題点ばかり指摘しまう中学生的な発想しかできませんでした。
ずっと国際公務員になることがすべてかと思っていましたが、
国連、NGO,JICA,大学教授、それぞれに問題点と良い点があり、
日本人として普通の生活をするだけでも、税金を通して、フェアトレードなどを通して
また”観光”という資金経済的援助を通して支えることができるのですよね。
目の前の問題と向き合い、足下をみて一歩を踏み出す大切さを学びました。
はじめて行動にうつし、自分も世界も変えることができるのではないか、と
世界の問題が自分の問題とり、つながっていきました。


そして、今、改めて私が思うことは、
どうしても、海外を舞台とした仕事をしていきたい。ということです。

「海外のフィールドを、私が求めている」ということです。
閉塞感あふれる日本にはいいところ、悪いところがあります。
私は人間の性として、海外のさばさばした感じがあっています。
個性がものすごく強いという特徴も有ります。

自分の生きている意味をずっと模索し続けてきました。
自分にだからこそできることを探してきました。
ネパールにいったときに、「日本人だけ」で、私が必要とされたのが、
何よりもうれしくて、そのときが20年間で一番光っていた瞬間でした。

途上国支援に携わることを決めるまでは、様々な葛藤がありました。
正直、途上国でのボランティアは楽しい、と感じるもので、自分のためにやっていました。
ボランティアの語源は自発的な活動に由来しますが、自分が幸せになりたいと思うが故にやっていたのです。
善意はヒトを幸せにしますが、使い方を誤ると相手を傷つけてしまいかねません。
しかも多文化共生能力が求められる、言語や文化や常識が異なる海外の地で、
他人と協力しながらプロジェクトを進めることは容易ではありませんし、
よかれと思ってやったことが、傷つけてしまう可能性があります。
アフリカでは台湾の大学の研究チームによる疫学統計研究に同行しましたが、
日本人一人として参加したがために、偏見や誤解を受け、
また孤児院で子供たちに日本の写真を見せたり、歌やダンスをしながらともに遊び
子供たちを喜ばせようとした私の行為に批判を受けたりしました。
そして、身を以て途上国支援に携わる怖さ、恐ろしさを知りました。

それでも途上国支援に携わりたいと思うのは、
途上国支援に携わる機会をもって私が生まれてきて、今こうして生きているからです。
具体的に2つの視点から説明できます。
1つ目は、貧困構造には先進国と途上国の経済産業的な差が生じていて、
私も貧困問題を引き起こしている一人の日本人だからです。
子供のときから正義感が強い私は、興味本位でみた貧困問題に対し、見て見ぬ振りをする
ことはできませんでした。
恩恵を受けている一人の日本国民として、還元したいのです。

2つ目は、HIV孤児院ボランティアを通して、自分の意志と関係なくHIV(+)である子供たち、
そして、生まれながらにして貧しい子供たちをみてきました。
学問的な定義を引用すると、貧困とは教育、医療など、人間として社会から得られないサービスを得ることが
できない状態をさします。その定義では、多少の先天性の足の関節障害を抱えながらも、
今自由に健康体でいる"貧困ではない私"は、この命を誰かの輝きのために、費やしたいのです。
人間は二種類のタイプがいるといわれています。
自分のやりたいことを追求するヒトと、一方で誰かのためにがんばれるヒト。私は後者に属します。

3点目は、自分が海外が好きで、途上国の子供の笑顔に救われたからです。
自殺率が最も高い日本で、いつの間にか、私は将来の目的を見失い、日々生きることの意味を見いだせずにいました。
お金ではない幸せ、愛があふれている途上国に、私は恋をしてしまったのです。

個人的なボランティアを経験を通して、知ったことが有ります。
それは、本当にヒトを助けられるためには、確かな技術や知識を持っていることがツールとして必要だということです。
もちろんその前提として、ヒトの人間力が問われます。
私はそこで、"ヒトを笑顔にさせる力"、"場を和ませる力"をもっていると自負しています。
大学4年のアフリカでの研究を終えて、私は医療支援のできる医師を志しました。
そして国際保険や医療の本をよみあさるうちに、世界を救うのは専門家によるチームの連携であること、
開発問題を解決できるのは、先進国の一方的な援助ではなく、
途上国自身の発展の自助であることを学びました。
開発学という学問は先進国からみれば、「国際協力学」ですが、途上国からみれば、「自国発展学」にほかなりません。
医学部入試敗退を受け、適材適所を考えたときに、
幅広いことに関心を示し、人々を引きつけられる、「環境適応能力」「行動力」「笑顔」をいかせる職業の答えが、
「いのち」と「教育」を研究する学問だったのです。

国際協力、国際保健の世界を知った上で、結局最終的には、
日本を含めたこの世界で、自分がどう社会に貢献するか、が問われていると考えます。
世界がよりよくするためには、ヒトを通して、世界とつながり、
自分の中に想いが見えたときに、はじめて行動に移し、
自分も世界も変わることができると知りました。

今の私は、体験に裏付けされた動機があります。
この想いは、揺るきない、自分の軸となっています。
以上が、私の途上国支援に携わりたい理由です。
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(非公開コメント受付不可)

プロフィール

ころいど/みせす

Author:ころいど/みせす
*群馬県太田市出身
→東京の薬科大学を卒業@2012
→群馬の大学院修士取得@2014
→2014年4月~都内社会人。

*1991年股関節脱臼(生後3歳)
*2009年臼蓋形成不全
変形性股関節症進行期
 CE角(正常+30°~)
 左-22° 右+16°
→2009/3/5に左股関節骨切り手術「AAO」
(当時大学2年春/19歳)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
*現在
【左既術性形成不全股関節症】
経過観察中。術後7年経過。(2016年4月現在)

オペ後に体重管理をしようと、
大学2年〜自己流なダイエットをしたことにより、
*摂食障害歴(拒食,過食嘔吐、過食、無茶食い)
6年〜

★メールは
kaneko.hiroko93★gmail.com
↑★を@にかえてね!

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