*All archives* |  *Admin*

2017/10
≪09  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31   11≫
2011年総括!
2011年が終わろうとしています。
毎回いつも日記の下書きは書いているのだけれど、
まとめて書こうとすると遅くなってしまい、
まさかの年末に追われる始末ww

2011年は怒涛の1年でもあったと思います。
精神的に不安定で、
悪いこともたくさんしてきてしまいました。
自分が自分じゃなくなった1年でもありました。

だんだんと自分の限界を知り、
自分のことを知るようになっていく。
だからこそ、自分のやるべきこと、適性がわかるようになっていく。
そんな時でもあった。

12月29日、群馬に帰ってきたときの夜の星空に泣きそうなった。
群馬特融のからっ風のすがすがしさに心打たれた。

歩きたくて、
何かを必死で守りたくて、
今日まで歩いてきた。

いい事ばかりじゃないけれど、それよりも信じていようと思う。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2011年の総括。
───────────────────────
2011年は、自分にとって相当大変な年だった。
一番は、体重の増減を伴う「摂食障害」に振り回された年だったこと。

2011年3月 34kg
2011年12月 5●kg だと思われww(?今体重計に乗っていないw)

***2011年***
*1月 巫女さんのバイトで幕開け、 
*2月 参議院議員川田事務所での学生秘書バイト
*3月 フィリピン、マレーシア、台湾に周遊。
*4月 地方統一選の選挙活動を。そこで過食症になる。
*5月 大学にこもる。
*6月 群馬県立太田女子高校で教育実習
*7月 7/3~8/18までスワジランドへ
*8月 アフリカ周遊、介護実習、過食症悪化で帰国。
*9月 大学の研究テーマを与えられる。居酒屋バイトを始める。群馬大学医学部入試
*10月 元NPOのメンバーと大阪旅行!wAds脱退。秋田大学医学部入試
*11月 熱帯医学会、親と将来について話す。
*12月 研究に没頭、
************************
2011年7~8月に一か月半アフリカに行き、
(スワジランド、南アフリカ、ジンバブエ、ザンビア、タンザニア)
その後は怒涛の日々だった。
いままで全く手を付けていなかった大学での実験室での研究、
アフリカにいったあとの費用を穴埋めすべくバイト、
大学院、進路の模索に明け暮れていた。。
医学部医学科の学士編入を受けてみたり、
大学院留学を考えたり、
大学院へ願書を書き上げて、最後出さなかったり、など
進路を巡って親と行き違いがあったり、考えれば考えるほど
自分にイライラしてきた時期でもあった。

留学などを希望していたけれど
家庭の経済状況を踏まえて、また自分の努力不足もあり、
ようやく今になって、日本で、大学院でしっかりと生物学の研究を続けてみる覚悟ができた。
実家にもどって群馬大学に進学をするか、都内の大学院で進学を考えている。

もやもやして、イライラして、自分の考えがわからなくなったとき、
私がいつもしていたことは、「文字」に書き写すことだった。

アフリカから帰国後思ったことは、「後悔」だった。
台湾の大学の研究チームに同行したのですが、言語の壁、信頼関係で
精神的にやられてしまい、摂食障害を増発させてしまった。
大学院の入試の時期、というチャンスを逃してしまい、
その後の研究も一歩遅れたスタートで、自分自身が本当に嫌で、鬱で、そんな日々だった。
父親の性格似で、「冒険心・野心に富んでいる私」が、
一歩踏み出すことを恐れてしまいそうになってしまった今でもあった。

だからこそ、今、やっと苦手なことと向き合い、成長を遂げなければならないのかな、と。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■【近況】大学中間発表を終えて
──────────────────────
12月中旬に大学研究室の中間発表が終わり、むしゃらにやってきて、
ようやく"終わった"という感じもしている、

自分は、今「貝」から発現している遺伝子を解析しようとして、
その結果を出すために頑張っていた。
うまく条件検討して、遺伝子解析会社に発注すれば、成功、のはずだった。
だけれど、違った。
今回データを出しても、それは何でもない。
将来の基盤にはなるけれど、私が作ったデータでも何でもない。正直、別に、誰でもよかった。

「私にだからできること」をずっと探してきた。
そのときに、
群馬大学大学院の研究室見学に行ったときにいただいた先生からのお言葉が心に響いた。

>金子さんに贈る言葉は、「二兎を追うものは一兎を得ず」です。
>まずはその道のエキスパートになってください。
>今の金子さんの代わりはたくさんいます。
>誰でも金子さんの代わりはいます。
>要するに、別に金子さんでなくても構わないという訳です。
>金子さんでなければならないという人物にあってから
>先のことを考えても遅くないのではないでしょうか。


いろんな考え方がある。いろんな人がいる。
そのバランスで世界は成り立っている。
うん、それは確かな事実。
一方で、この意見に対して、腑に落ちない自分がいて。

「インプリンティング」という言葉がある。
今の自分は、「過去の記憶の自分」だということ。
それは、自分が興味を示した最初の刷り込みを覚えていて、それでやっていこうということ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■【総括】進路を決定する過程の思考整理
──────────────────────
*10月
群馬大学・秋田大学医学部敗退を受け、
台湾の大学または長崎大学院への出願を考える。まだ迷う。
【選択肢:台湾大学院留学/アメリカ大学院留学/長崎大学大学院】

*11月5日
日本熱帯学会・国際保健学会に行き、熱帯医学や公衆衛生の分野の大きさを知る。
WHOで実際に働いている、第一線で働いている人と会い、
自分の将来へのあこがれを明確にする一方で、改めて自分のやりたいことを考える。

*11月7日
青年海外協力隊、白血球数が少ないが迷った末に
「理科教師」で出願する。(12月15日追記。まさかの一次合格!)
(12月31日追記。白血球2900⇒4100ul/mm^2まであがる。)
青年海外協力隊に行きながら大学院修士号が取れる
広島大学国際開発研究科の大学院を考える。
【選択肢:青年海外協力隊/台湾大学院留学/アメリカ大学院留学/長崎大学大学院】


*11月17日
このころから自分のTOFELのスコアが足りなくて
アメリカの大学院に出願できないことに気が付く。
進路に迷い、とにかく泣く。
研究室の教授から現在所属大学である「東京薬科大学生命科学系大学院」の
二次募集があること、推薦があることのお話しを頂く。本気で悩む。
【選択肢:台湾大学院留学/長崎大学大学院/東薬大学院】

*11月18日
自分のメンターである順天堂大学の先生のところへお邪魔。
台湾の留学を考えていた私にくださった先生のアドバイスは「生命科学の研究を続けること」。
まさかの群馬大学の研究室を紹介していただく。
【選択肢:台湾大学院留学/長崎大学大学院/東薬大学院/大学院浪人】

*11月21日
夏に説明会を聞いて願書をもらっていた、長崎大学公衆衛生大学院への出願を真面目に考える。
出願日が迫り、まさかのダッシュで願書を書き上げ、
いよいよ銀行へ、という振込の時に、しばし立ち止まりお金を払わずにまさかの出願見送り。
【選択肢:台湾大学院留学/東薬大学院/大学院浪人】


*11月23日
多摩川マラソン5㎞完走。リハビリでお世話になったPTさんたちと一緒に走り、
改めて自分が股関節患者ということを認識する。


*11月30日
まさかのバイト解雇を電話で受けるw

*12月1日
股関節症の人と一緒にごはん^^)
その人に進路相談を聞いていただいて、
【選択肢:台湾大学院留学/東薬大学院/大学院浪人】

*12月2日
都内にて、留学の説明会。英国大学院国際開発学のレクチャーを
聞き、改めて開発途上への夢は強くなる。
スコアが足りないので留学できないのであれば、語学留学→留学を考える。
また、神戸大学などの国内と海外のデュアルマスタープログラムを知り、
海外留学=>イギリス修士留学を考えるようになる。
このころからガチで研究をはじめるwith教授。
【選択肢:台湾大学院留学/東薬大学院/1年海外留学語学留学/ハンガリー医学部留学】

*12月8日
奨学金返済書類誓約書系提出。
所得証明書を見て、金子家がどれだけ貧しいのかを認識し、
大学院の進学の授業料、下宿について金銭面から真面目に考える。
【選択肢:台湾大学院留学/群馬大学大学院】

*12月10日
バングラディッシュ出身でWHOアドバイザー医務官として働いている人とお話しし、お会いする。
自分の我が強すぎること、協調性をもつ大切さ、という個人的なアドバイスを
頂き、今自分に必要なことは何か、ということを考えるようになる。
【選択肢:台湾大学院留学/東薬大学院】


*12月15日
群馬大学医学系大学院研究室訪問。
それまで行く気がなかったのに関わらず、先生と、そして学生さんとお話しし、
「日本の大学院で修士号をとる意味」を理解する。
【選択肢:台湾大学院留学/群馬大学大学院】

*12月20日
大学研究室中間発表。研究を通じて教授と議論し、討論し、喧嘩w
でもそれを通してわかってきたことも多くなってきた。
この教授の元で研究を続けられないことを決意。
【選択肢:台湾大学院留学/群馬大学大学院】

*12月21日
玉川大学比較分類学でアフリカ研究をなさっている教授研究室訪問。
『フィールドで今すぐにでも働きたい!!』、『海外へ働きたい』という私の背中を
押してくだると思いきや、まさかの「国内大学院・理系進学」を推奨される。
新宿西口で初めて献血をし(400cc)、その後、まさかの迷走神経反射で倒れる。
自分の限界ということを実感。
【選択肢:台湾大学院留学/東薬大学院/群馬大学】

*12月22日
研究をぶっちして、家の布団からでれなかった私に、朝教授から電話とメールが。
現大学大学院の進学推薦を丁重にお断りさせていただく。
【選択肢:群馬大学大学院】

*12月23日
まさかの母親から、「御茶ノ水大学」という新たな選択肢がww
(母親、まさか何か執念もってない?wもの好き?www
本来なら実家に戻るべき応援するべきなのに。)
新たな「御茶ノ水大学」という選択肢が浮上。
【選択肢:群馬大学/御茶ノ水大学】

*12月26日
教授に、大学院推薦枠のお断りのお話しを。
【選択肢:群馬大学/御茶ノ水大学】

*12月29日
エイズボランティアでしりあったサークルの先輩の人と一緒に「ルミネtheよしもと」を見る!!
大笑いし、そしてそのあとお茶?。
夜は高校時代にやっていた
「ぐんまぽかぽかマーケット」の友達たちと恒例の同窓会(・ω・)☆
御茶ノ水大学の願書を取り寄せ、真面目に考える。
【選択肢:群馬大学/御茶ノ水大学】

*12月30日
御茶ノ水大学のバイオ政治学の教授に、意を決してメール。すぐに返信を頂き、群馬大学のススメを頂く。

───────────────────────
やりたいことがしっかりとはっきりしてきた。
もっと生命科学系の研究を極めたい。
せっかく今の大学でlife scienceを学んでいるので
分子生物学の研究をもっとしていきたい。文系の調査系の学問は別にできる。

群馬に戻ろう。と思った矢先、母親から御茶ノ水大学のススメのメールがw

群馬に戻ることをまだ覚悟できていないのは、
免疫学の研究で2年でどこまでできるのだろう、という思い。
免疫学はいろんな研究が進められている一方で、私の興味が湧くのか。
(まぁかねこのことだから、うまくのめり込めればはまるタイプなんだろうかとは思うけれど。)

●やるなら興味のあることを。適材適所。
→栄養学または環境学。分子生物学は続行したい。もっと勉強したい。

●学ぶべきところで学ぶ:そのときにお金は使いたい。
●お金は貯めたい。
(海外の大学院に行きたい。最終学歴:Drはハーバードで公衆衛生を学びたい。)
×家賃が高い→群馬に戻る?⇔都内で通学できるところもある?
 またはどっか寮とか?(月々6万は無理だけれど1万とかならどうにかなるよね)
×食費が割高→うまくバイトでまかないもらえばいいんじゃね?
×学費が高い→国立大学院→しかも休学ただ!海外いける!!
×家賃分を、英語の教材とかそういうことに回したい。

●日本にいるなら、仲間のネットワークは作りたい。
(学生団体とか、やるべきことはまだまだいっぱいあるはず!)
→東京がいい。。。それに越したことないはず。

●外国語を身につけたい
→台湾に行く価値があるのか?語学留学ではどうなのか?

●実家で安定したい
→過食嘔吐からの克服を。。。でも、果たしてそれができる?
 結局本人次第なんではないの?克服って。一時的感情ではないのか?



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
こういろいろと書いたのは、改めて「考える」という行為をしたかったから。

かねこひろこの個性
☆バイタリティー
☆生徒との距離を縮められる人柄
☆一所懸命に何かを取り組む。

自分の葛藤と戦っているとき、それこそ成長の証で、
一所懸命に純粋に何かに取り組んでいることは、青春の1Pなんだと思う。

求められたことに対して真正面に取り組んでいくこと。
(私は宗教で何かの信者ではないけれど)もし求められたこと=生かされたこと
であるならば、私は生きていかなければならないのだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、話題はずれたけれど、
「しっかりと考える」というプロセスが何よりも重要なんだと思う。
それこそ、覚悟をもって取り組んでいくということにもなる。

一見遠回りに見えるようなことでも、
それがあとからみたら大切なことなのかもしれない。

たとえ思うようなものが得られなかったとしても、行動したことは、
まったく無駄なことではなかった。それは私がしっかりと思う。
かねこは不覚考え込んじゃう癖があるので、そこだけが怖いところ。


高校の後輩のfacebookでの近況報告。
”あたしの未来は今自分で形作れる
あこがれを抱いて、近づくために努力をする。
そしていつか目標の人を超えて、今度はあこがれられる人になる・
今の私に一番大切なのは、今を生きれていることに感謝して、
今できることをしっかりやり遂げることだと思う”

この文章を読んで、胸があつくなった。

周りが見えない人は痛い。

以下は玉川大学の教授とお話しして、私のブレストをつくってもらったもの。
個性教育と協調性の教育は違う。
積み上げなきゃいけないものがあって、それは一つ一つのピースである。
でも、そのピースがなくなったら、何もできない。
ぶれないものが必要。

どんな決断を下すにしても、
「逃げたな」と思わないことが必要だと思う。
「逃げたこと」に失敗はないはず。


知識を持つ、ということは責任を持つということでもあると思う。
お金をあらかせぎすることはできるけれど、
道徳的にお金を使っていかなければならない。
自分の不向き、向きはあるにしろ、自分のvisionははっきりともたなくては。

空間の自分を調整していく。
自信のある人は人と仲良くできるし、それはいろんなことに共通すると思う。
一所懸命に物事を取り組んだら、きっとその分の何かが帰ってくるはずだかr。

苦手なものはいつかくるから、若いうちに取り組んでおいて損はないはず。
「譲り合いの精神」「平等」という価値観。

そして、私は大学院に進学する。
苦手なものにまずは取り組んでいく。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■判断基準
───────────────────────
改めて考える。
自分はどの方向に向かっているのか、
何がしたいのか。

"No vision,the people penish"
(目標がないと自己破壊を招く)

お金をただ貯めるだけなら誰でもできる。なんで貯めるのかが重要。

実家に戻るという選択肢:お金を使わない。
◆夢:留学したい→お金を貯めたい。←社会人になるのはまだ早い。lバイトで貯めたい。
⇒家賃代が大きいので実家群馬へ⇔自立しなくていいのか?
⇔都内のほうがお金を貯められるのでは?(バイト・通学状況)

◆現在:摂食障害。
⇔一旦実家で療養してもいいのではないか⇔果たして治る?所詮自分だから無理だろう。


群馬大学先生はこのようにいった。
「今の金子さんの代わりはたくさんいます」
専門性を身につけることの重要性を説いてくださった。

今の私は、何ができるのだろう。
今の私は、何を見ればいいのだろう。

人に対しては、自分の経験のみで判断しないほうが楽だけど
自分自身のことは、自分の経験で価値判断した方が楽だ。

-
他人は自分の経験での判断ではその範疇におさまらないので、
自分の経験からくる価値判断だけで対応すると、生まれるものは嫌な気持ちしかない。

自分自身について決断するときは、いくら他人の価値を参考にするといっても、
結局は自分自身の価値観で決めるのがいちばん誠実だと思った


たとえ同じ経験であっても、ことであっても、
それはその人にとってどう見えるかどうかは異なってくる。
悲しいけれど、それが、「成長」ということなのかもしれない。

12月29日。
新宿から前橋へ帰省、
そのあと高校時代の課外活動、
「群馬ぽかぽかマーケット」のメンバーと落ち合いました^^)ノ
それぞれがいろんなことを考えていた。

忘れもしない。
高校2年、群馬県立太田女子高校で生徒会長だった自分が、
前橋の県庁に放課後出て行って、ほかの高校の友達と協力しながら、
一つのチャリティーバザーを作り上げた。

あの時から、5年間。

私の大学時代のフットワークの軽さを作り上げた、
その原点は、ぽかぽかマーケットだった。

進学校でもある、太田女子高校。
その中で、偏差値の高い大学に行ったほうがいい、というゆがんだ価値観。
そんな私が、群馬県内の商業高校とか、私立とか
そういう人たちと協力したりすることで、新しい価値観を学んだし、
いろんな人とネットワークを作る大切さを知った。

同じ価値観の中で、お仲間同士生きていくのも悪いわけじゃない。
ただ、いつかそれが避けられないときが来たとして、
それを鍛えるのは、早ければ早いほうがいいと私は思う。

何か一緒に協力してイベントを作るのが好きで、
いろんな価値観を見たくて、私は「東京」という選択肢を選んだ。
組織に入り、そして組織のぐだぐだを感じてしまい、
結局孤独になり、一人で活動するようになって、
その孤独さにはっとするようになった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■不正と世界

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■22歳を半分迎えて。
──────────────────────
ずっと、中2病だった。一種のアダルトチルドレン。
ちまちましたことをやっていきたくなくて、
どかん、と大きなことをやりたくて。
実験でもそう。やるならしっかりと、大きな結果を出したい。

そうやってずっといろいろと否定してきた。
でも、違った。
毎日の小さな連続ですべて成り立っていた。

そして、いろんな人がいた。いろんな人生があった。
いままでは、「少しでも偏差値のいい大学」とか「大企業に行く」とか
そういう「正解」があったけれど、今この世界はそういうものも全くないものにすぎない。
フリーターでも、結婚して子供を産んでも、
本人が自分らしく輝けば、それに越したことはない。
社会的な名誉はいつかはおちぶれてしまうわけだから。


「頑張る人はかっこいい。」という真実。
そういう意味で私は頑張っていきたい。


今年はとにかく悩んだ年だったけれど、「悩む」という行為は、人間でしかできないということを聞いた。
そして、その「悩む」という過程、結果にその人の生き方が現れる。
そう思ったら、悩んでいることが、少し楽になった。

「人間らしさ」らしさという言葉の類義語で、「人間味」
いかにも人間らしい心の温かみという言葉であるが、
それに加えて泣いたり、怒ったり、欲望をむき出しにすることも人間味の
現れでないのだろうか。

己を知り、自分と向き合うことで、強くなれる。
これは人間が成長する過程で必要な真理なんだろうか。
私は比較的落ち着きを保ているほうだけれど、でもまだ
衝動に駆られてしまうことがある。
自分が落ち着きを保てるようになったのは、自分のことを受け止められるように
なったのがきっかけかもしれない。
自分が嫌いで、で、やっと、このネガティブな思考をもっとポジティブにとらえることをしなければならないと、
そう思わせてくれる人が、私の周りにはたくさんいたようだ。
人は考え方ひとつで、良くも悪くも、”全て” 変わっていく。
ただ、それをよい方向に変えるには、「勇気」と「きっかけ」がいる。
 「ネガティブさ=人間味」
これは一つの真理みたい。


実、私はアフリカで不正を見てしまった。
 「もらって当たり前な社会」
 「ひったくりは犯罪ではない社会」
 「人を殺して、」
それを見て、価値観が揺らいでしまった自分。

「見て見ぬふりをしてしまった自分」
「自分の命が助かるためだったら、と、」

そのことを相談したら、一人の正義感をもった同級生に励まされた。
 「いろんなこと見てきたからこそ、これだけは"おかしいだろ"っていう
  何かをもたなくてはいけないよな」

  って。
その一言がすごい大きなものだった。

そうだよ、小さいころ、正義感が強かった自分。
それが、いつの間にか、いろんなことやって、まちがった方向にずれてしまった。

誰が見ても、かっこいい、そんな大人になりたいな。
いろんな解釈はあるけれど、「一般的な」「常識的な」価値観がほしい。
世界に通用するものがほしい。
自分よがりになりたくない。
それは、たとえば、”学歴”であったり、何かの”経験値”であったりするんだろう。
22年間。いらない経験もたくさんしてしまった。
摂食障害、過食嘔吐。
止まってしまった生理、不規則な月経。

見るべきじゃないものもたくさん見てきてしまった。
政治的汚職、科学研究の裏側、お金の配分、
不平等な世界。失業率。物価の差。

それを、どう生かすかが私に問われているんだと思う。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆☆☆個性
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

まさかの研究室で摂食障害の先輩がいたことに今更気が付いた。
身長160cm以上のかっこいいボーイッシュな先輩。

今の日本では社会に適応することがもとめられる。
デザイナーだったりとかは、その個性で生計を立てて行けるけれど。
その先輩と話したことは、「社会にある程度適応しないと、生きていけないんだよね」って。

キャラが濃すぎると、「人間的」な欠点があり、それが弊害になってしまう。
協調性になるには、とググってみた。
>積極的に場を作る一方で、場を盛り上げる人間も求められる。
>”目立たないように努める努力”
>自分のありのままの姿で、人と楽しい時間を共有しようと
>する一方で、自分の考えを持った上で人の話に耳を傾け相手の良い部分を見習っていく。

──────────────────────
歳の差とか、経験の差によって、
「わかった」ということが、一番怖い。
そうやると、新しい概念や価値観が入ることを恐れてしまうから。

12月、何度死にたくなったことか。
実験から逃げたくなったことか。

「もう死にたいって思うんですよ。」

パソコン上でのことばは、まったくリアリティがないけれど、
思った気持ちに間違いはないはず。
それと引き換えで私には過食嘔吐によってきずつけられた跡が
はっきり体に残っている。

私、思うんですよね。
科学とは、目に見えないことを、目に見えるようにする学問。
本当のことは、目に見えないもの。
星の王子様でもあるけれど、
『一番大切なことは目に見えないことなんだよ』って。
だからこそ、思う。

いくら目に見えるように努力しても、
一番大切なことは、見えないんじゃないか。
一部が見えて、それが私たちの生活に直結するといっても、
全てが解明されるわけではない。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■PDCA「check」の必要さ。
──────────────────────

今の私の科学の実験は、
「ヒトゲノムの解明」に近いことをやっている・ω・)
っていうとかっこいいように聞こえるのかもしれないけれどww
実は「軟体動物」のcDNAライブラリー、つまりESTの作成です。
ストレス負荷をした個体からRNAを抽出する作業。
私は、「C」がほしかった。

実験して、”新しいこと”がわかる。

でも、その”新しいこと”とは?その価値とは?
わたしは極めて単純な視点しか持てない。

「ばれなきゃいい」
「その場が楽しければいい」
というアフリカの視点を、実は、心の中に持ってしまった。
(そういう意味で学生の時にアフリカに行くべきではなかったのかも)

いろんな人に裏切られ、
優しさが本当のものか、わからなくなっている。

・・・・穢れている、自分。

今まで、この4年間の大学生活、PDCAの[plan],[do]をやってきた。
でも、[check]をしてこなかった。
今、その転機なのかもしれない。
[check]して[act]するべきなのかもしれない。心からそう思うのです。


>>大人とは人に迷惑をかけない人になる、ということ。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「成長とは、変化すること」
───────────────────────
小さなアオムシが大きなアオムシになることは成長とは言わない。
単に図体が大きくなっただけで能力は大差ない。
アオムシがサナギに変化し、蝶になり飛べるようになることが「成長」である。
仕事についても同じこと。どんなに表面的知識や小手先のノウハウを増やしても、
それは所詮大きなアオムシのままである。
大切なことは「変化」することである。
「勇気」と「覚悟」をもって昨日までの自分を捨てることである。
そうでなければ、新しい自分に生まれ変わることはできない。
頭だけ蝶になることなんてありえない。これが「成長」である。

人生において、「成功」は拘束されていない。
しかし、
人生において、「成長」は約束されている。

人生において大切なことは「何を成し遂げたか」ではなく、「何を見つめて生きたか」である。
アオムシから蝶になり飛躍できる。世の中のことがよく見えるようになる。
自分の感性や価値判断を大切に育てていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は「サナギ」が大嫌いだった。
ポケモン(懐かしいですね。まさに私はポケモン世代(笑))で、
「アオムシ」、「サナギ」、「蝶」にそれぞれ値するポケモンが存在していて
「進化」をとげるのだが、
「アオムシ」はまだ動いて、攻撃することができる。
一方で、「サナギ」は何もすることができない。
ただ寄生して経験値というポイントを得て、「蝶」へ進化するのを待つだけなのです。

私は、アフリカにいったことで、自分のステージが下がったと感じていた。
やらなければよかった。経験をしてしまった。
自分の価値が大幅に下がってしまった。
自信もすべて捨て、自尊心も下がり、すべてが嫌になってしまった。
摂食障害という病気にかかってしまった。
冒険することがいやになり、自暴自棄、引きこもり癖が少しついてしまった。
いままで経験値主義で、傲慢で謙虚のことばがまったくない私がいた。

でも、それは、
もしかしたら「サナギ」なのかもしれない。

と、言い聞かせたいと思った。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「学ぶ」
───────────────────────
仕事が遅い人とは、「素直さがかけている人間」だそうだ。
「まず言われたことを、即座に、言われたとおりにやってみる」という基本動作ができるかどうか。
なぜならば、誰しもが最初から「仕事ができる」訳ではない。
最初はどうやったらいいのかなんて全然わからない状態。
したがって、「教えてもらう」ことになる。
その「教え」を丸呑みして丸ごと真似できるだけの「素直さ」が「教えてもらう」には必要。

 「学ぶ」

という言葉は、「真似る」が「まねぶ」に変化し、「まなぶ」に変わっていくことで生まれた言葉である。
すべては師匠のやりようを自分で「真似て」、少しずつ自分の喪にしていくのが、
「学び」というものの本質だということ。
短期的に、「自分」を捨てて、「他人のやり方」を受け入れられるかどうか、
そこのところの「素直さ」が重要になっていく。

仕事が遅い人は、「いわれたとおりにやる」ということができない。
「考えなくてもいいところ」でうじうじと考えてしまって、手元がおろそかになってしまう。
それは、「おしえてもらったこと」を素直に実行するという行動がとれないで、
あくまでも「自分自身のやり方」をもさくしたがる、
 自己本位で、
 意固地で、
 傲慢で、
 不遜な態度が、
「今何をすべきか」ということに対して、センスが全くない。

センスがないので、まったく今やる必要のないことをせっせとやってしまう。
仕事をしている気になって、自己陶酔におちいっているのかもしれない。
そもそも素直さがないのだから、「急ぎでやってね」を言葉を額面通りに受け取ることができない。
大体において自分の事情を優先してしまう。
問いただすと同時に、延々と自己弁護の言い訳を始める。

「今、何をすべきか」がわからないのだから、当然「段取り」ができない。
「状況を理解する」ことができない「稚拙」なくせに、自分の考えを最優先しようとする「浅ましさ」がある。

そして、その本質は、「自己愛が強い」ということ。
変にプライドが高く、何でも自分が思うところを大切にしたがる。
だから「素直」になんてなれない。
「自分」が邪魔して、「自分の都合でしか考えられない」から、
「今すべきこと」など客観的な状況にまで思いが至らない。
「自分が中心」で「自分がかわいい」から、「傷つくこと」を恐れ、
コミュニケーションも不足しがちになる。

「Unlearn」ー自分をいったんリセットして、まったく何も知らないかのような
白紙の状態にして、新しく学び直すことを指す。
「素直さ」というのは、一旦自分のことはわきに置いて、自分以外の他者を自分の内部に
住ませることができるか、というのが一つの指標になる。

これまでの人生で得てきた知識、経験をいったん脇に置くのは
生易しいものではない。居心地の悪く、苦しいもの・。
しかし、それができなかったらある程度先へは進めない。
飛躍的な自己成長は望めない。

これに関連して、
「頭のいい奴」とは、「やらならければいけないことをやることができる」ということ。
いざというときの脳内処理能力の高さの比例する。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■帰ってこないもの
───────────────────────
*spoken words
*sped arrow
*past life
*neglected opportunity
いろんな選択肢がある中で、私はどれかを選ばなきゃいけない。
いつまでも取らぬ狸の皮算用はしてられない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■摂食障害を抱えてしまったこと
───────────────────────
12月は教授とのストレスで、
非過食嘔吐が続き、(過食嘔吐中に爆睡してしまうという最強パターン!)
めっちゃ太って、そして先先日まで3日間連続で過食嘔吐/完吐きをしていたら、
まさかの「結膜下出血」ができてしまった。白目のところにグルっとした赤い血の塊!w
メバチマグロじゃないんだから、みたいなww

過食嘔吐して、それで救われないことは分かっているのに、addiction的になってしまっている。
規則正しい生活をしなければならないのに。
バイトして、ごはんに夢中になって、過食しすぎて。

「病気になったということ、それは生き方を見直すチャンスを与えられたこと。」
「治っていく過程でいろんな気づきがありそれは力になっていく」
(「摂食障害は対人療法で治す!」より引用)

そりゃ、後悔したいことはいっぱいあるけれど、
でも、今はすべてを受け止めたい。
受け止めなければ、前に進めない気がしているから。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■あれから、一年。
───────────────────────
去年年末に日記を書いたのだけれど、それを読み返してみた。
特に最後の部分から引用します。

>私は、この先、どれくらい長く生きれるかは分からない。
>知らないでたくさんのことを失ったりしていくのだろう。
>そして、もうそろそろ軸を決めなきゃいけない歳になってきた。
>すごいじわじわ身にしみてくる。

* 私がしたことが、誰かの力になって、
  * 誰か一人でも多くの人を励ますことが出来て、
    * それで、その人が、別の人に影響を支えることができれば。。
      * はじめて、金子の生きて来た意味がわかるわけです。

>そんなころいどが、未来に託すもの。
>夢を描くもの。
>★2011年は、自分を大切にして、周りの人々を、大切にすること。
>★inputから、outputへ
>∟週4日での、永田町、議員事務所。新聞は6紙あって、政策の勉強会も行なわれていて、
> いつでも学べる環境がある。なのに、それを十分に生かせてない。
>ただ、いつも100%っていうわけにはいかない。できる、できないを見極めて
>良い意味で【捨てて】得ていかなければ成らない。
>そう考えたら、私はやっぱり、3月で、議員事務所のバイトをやめて、
>大学4年は大学に引きこもることも考えている。
>2010年はインプットが多すぎて、それをしっかりと整理できていないかもしれない。
>関わった人、その人を大切にして、次にその人たちから学んだことを生かすこと。そしてお互いに幸せになること。

えー。
大学に引きこもりました。
そして、いろんなものを失いました。
いままで関わってきた学生団体、エイズボランティア活動のネットワーク。
そして、ほかの人にひどいこともたくさんしてきました。
自分のやりたいことばかり、いろいろとやってきました。
気が付いたら自己中で、やみくもになって、独りよがりになって間違った方向を歩いていました。
「経験は宝」だと思ってきたけれど、
「やらなければよかったこともある」ということを実感した2011年でもあった。

アフリカに行かなければよかった。(大学の中間発表に没頭すべきだった)
摂食障害にならなければよかった。(リバウンドすることもなかった)
フィリピンに行かなければよかった。(就職活動をすべきだった)
バイトしなければよかった。(もっとその間勉強できた)

でも、

過去は、変えられないから。


来年の今頃、「今年は、本当に幸せだった。」って思えたらいいな。
満足出来ない事を悔いるより、前向いて自分を信じて切り開いていける考えになれるように、
勝ち負けが全てじゃないって気づけるように、
そのために、出会った人達や周りにいてくれる人達に感謝を示せるようになりたい。

来年は、もっと幸せになる
人との出会いには本気で奇跡を感じる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■”夢”のために生きる
───────────────────────
global mentalityが私にはあるみたい。
この世界の見知らぬ広さを感じ、そしてそれを将来に生かしていきたい。

山に登る。真冬の山に登る。
それは、誰かに認められたいとか、名誉のためではない。
ただ自分の夢のために生きること。

「何を奪われようが、何を失おうが、最後に唯一つ残された権利。
 それは、自分の選んだ生き方に、生命をかけてもいいという権利。

私には、夢があるのかもしれない。
それは、途上国と日本をつなぐこと。
途上国の子供たちに尽くすこと。そして、世界に貢献すること。

───────────────────────
いまとサヨナラしなければ
出会えないあなたがきっといる。
───────────────────────

その言葉を信じて、新しい自分になりたい。

───────────────────────
「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える。」
byマルティン・ルター
───────────────────────

ルターはドイツ(当時は神聖ローマ帝国)の神学者。
明日世界が滅亡するということは、今リンゴの木を植えても決して実ることはないけれど、
それでもリンゴの木を植えるということは、何が起ころうとも希望の芽を自ら摘むことはしない。
淡々とやるべきことを放棄せずにこなしていくことが、自分のとるべき道なのだということを思い知らさせてくれる。
例え今、実らなくても、あきらめず放棄せず、
つらくとも粛々と前に進めば、いつかきっとその芽は実を結ぶと信じて。

この半年間、怒涛の日々でしたが、今が正念場で
これまでのことを形に、結果にし、
それをこれからの生き方につなげられるように、頑張っていきたいと思います。
いろいろ悩み、考えの日々ですが、
まずは卒業論文を目指して、かつ大学院入試を目指して、真剣に取り組んでいく。

Secret
(非公開コメント受付不可)

プロフィール

ころいど/みせす

Author:ころいど/みせす
*群馬県太田市出身
→東京の薬科大学を卒業@2012
→群馬の大学院修士取得@2014
→2014年4月~都内社会人。

*1991年股関節脱臼(生後3歳)
*2009年臼蓋形成不全
変形性股関節症進行期
 CE角(正常+30°~)
 左-22° 右+16°
→2009/3/5に左股関節骨切り手術「AAO」
(当時大学2年春/19歳)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
*現在
【左既術性形成不全股関節症】
経過観察中。術後7年経過。(2016年4月現在)

オペ後に体重管理をしようと、
大学2年〜自己流なダイエットをしたことにより、
*摂食障害歴(拒食,過食嘔吐、過食、無茶食い)
6年〜

★メールは
kaneko.hiroko93★gmail.com
↑★を@にかえてね!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
変形性股関節症の方へ
カテゴリ
検索フォーム
リンク