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2017/10
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再挑戦。
8月14日(火曜日)
ころいどです(・ω・)
昨日は前橋駅をさまよって、なんと2時間帰りあるいたw
医学部学士編入の願書を速達で出すために中央郵便局いったのですが、そのあと、道に見事迷いましたね。
東に進んでいるつもりが、まさかの東西、だったり。

とりまそんなに歩けるようになった、ということでしょうか。


せっかくなので、医療に対する気持ちをコピペ。




★多様化する時代においてどのような医療従事者の姿を目指すのか。

1.これまでの学業や経歴で得たもの
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 自我形成過程である高校時代に「私はなぜ生まれたのか」という問いを模索すべく、自分を「生物」という枠組みで対極的に俯瞰したいという好奇心から大学では自然全体の生命現象の解明を行う生命科学を志し、「生命」の探求をしてきました。とりわけて分子生物学を専門とし、卒業研究では環境のストレスが動物にどのような影響を遺伝子転写発現に及ぼすかという環境生理学を研究してきました。

 しかし、「我々は細胞から構成された生命体であり、遺伝子を残すことに生まれた」という机上の学問の解釈解釈を咀嚼に抵抗感を示した私は、東京で社会課外活動に踏み出しました。NPOスタッフ、政界での学生秘書、エイズボランティア活動、国際協力などの社会活動に参画し、ま様々な人生観や価値観との出会いに揺すぶられ、社会活動の営みを垣間みることで、「私たちは細胞の生命体を超えた何かである」という確かな手応えを感じました。そして、世界の貧困健康問題をこの目で見るため15カ国以上の途上国をボランティア活動をしながら放浪し、現地の人々と、笑顔のコミュニケーションで関わり、人種や民族を超え、みんな違ってみんな支えあって生きているという「多様性」を踏まえて、「生きる」という共通事項を再認識を得ることができたのです。一人ひとりの生命が存在し、お互いを尊重し合って、社会生活を営んでいる、という体系的な思考形成に大きな影響を与えたのです。

 高校時代のときの「なぜ生まれたのか」、という答えは、そもそも、自然の摂理の中で意思関係なく成り立っており、回答を出す必要がないことにたどり着きました。そして、それらの活動を通して振り返ったときに、私は自分の主観的な性に気づきました。人が出会い、歓びという化学反応を起こす瞬間が私は好きで、そんなときに、心優しくなれたのです。「生命体を超えた何か」という何か不思議な感覚、つまり、「自分とは"ヒトが好き"な人間」という答えを会得しました。すべての生命に意味があり、一人一人が輝いて生きている、この愛おしい世界。社会の中で関わり合うことに魅力を感じ、これは「人を愛する」ということが原点である「医療」へとつながったのです。



2.今後の抱負(1で記した学業や経歴をどのように活かしていくのか)
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 学業での基礎研究を通して身につけたEvidenced Based Medicineの概念より、医学は自然科学の一部であるという客観的な認識に基づき、常識や既成概念にとらわれることなく、科学の真理に基づいて、私は医学の道を歩み始めます。
私は、難病を治せる医者になろう、という志はありません。生物学の学問を俯瞰した時に、深淵な生命に内在する心理は人間の努力や都合には影響されないものが多いことに気づきました。分子生物学的解釈で「アポトーシス」という積極的な細胞死が起こるように、老、病、死は自然界において必然なものだからです。私は先天性股関節脱臼の状態で生まれ、大学時代に3回目の手術を経験し、1年間にわたるリハビリを終え、自分の足で歩ける時間や命限りがあることを感じました。何よりもその限られた時間の中だからこそ歓びや輝きを、経験によって感じたのです。だからこそ、医師となって、生命を尊び、病気を治療し、その人の未来を切り開くお手伝いをしたい。そして何より、より輝いて生きるためのお手伝いをしたい。これが、私の目指す医療従事者の姿です。

 正直申し上げますと、私のこれまでの生き方は決して綺麗なものではありませんでした。安易なダイエットからの摂食障害を経験し、抑うつ状態を経て、他人も自分を信じられなくなったことも多々ありました。周りに流され自分を失い、自分がこんなに弱い人間だと落胆する一方で、人が支えあって社会生活を送っていること、人は強いものということも知りました。いままで私は多くの努力や人との出会い、経験や体験の積み重ねが、人生を豊かにしてくれました。私のような不器用な人間も、誰もが生きている価値があり、支えあって助け合って生きてるこの世界で、感受性豊かな自分だからこそ、人々と触れ合いながら生きる意味を模索することができると信じています。

 社会活動を通して直面した、命よりも企業や利益が優先されている、自殺率が世界の中で高い日本。医師というツールを通じて人々の命と、目の前の人の笑顔、人生、そのものと向き合いながら、人の夢をつくり、人生を豊かにする仕事がしたい。全ての生きている人々が、生きている楽しさや素晴らしさを感じられる社会をつくりたい。よりよい世界をつくるため、笑顔を通して命の輝きを感じられる多様性のある社会を創ることを誓います。





3.地域指定枠
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幼いころの私には国際貢献がしたい、という夢がありました。
群馬で生まれ、育った私は好奇心が強く、大学で上京後は15か国の途上国の国々を旅し、ボランティア活動を行ってきました。
国境を越え、人々の笑顔に触れ、魅力を感じ、途上国の子供たちのために命を尽くしたい。国際協力を仕事にしたいという夢がありました。
しかし、キャリアを考えた時、日本や海外の国際協力の問題点、途上国支援の開発の怖さや覚悟を思い知らされました。
善意は自分を幸せにする一方使い方を誤ると相手を傷つけますが、
多文化共生能力が求められる言語や文化、常識が異なる海外の地で行うことの難しさをボランティアの実体験から思い知らされました。

また、国際問題を俯瞰した時に、日本国内での問題でもあることに行きついたのです。
地域での慢性疾患の増加、医療アクセス、診療報酬や保険、自費医療など、医療格差の問題は東京でも、私を育ててくれたこの地元の群馬でも起こっていることでした。
つまり、国際問題とは、私たちの生活の延長線上にあり、まずは精一杯生きること、目の前のやるべきことのの重要性へと結ぶものだったのです。

世界をよりよくするためには、人とのつながりを通して世界とつながっていき、
自分はどう向き合っていきたいのかを考え、その思いが見えた時に、自分も世界も変わり始めることを知りました。

私は股関節脱臼を持って生まれ、幼い時の度重なる手術や入院時に、優しい医療従事者の方々に支えられ、ここまで歩んでくることができました。
世界を見た今だからこそ、原点に立ち返り、群馬の地域医療に貢献したい。
子供たちのあふれるばかりの未来への希望を膨らませられるような小児科医になり、群馬の地域医療に貢献したい。
子供たちの笑顔を増やすプライマリーヘルスケアに従事した医師になることを誓います。
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(非公開コメント受付不可)

プロフィール

ころいど/みせす

Author:ころいど/みせす
*群馬県太田市出身
→東京の薬科大学を卒業@2012
→群馬の大学院修士取得@2014
→2014年4月~都内社会人。

*1991年股関節脱臼(生後3歳)
*2009年臼蓋形成不全
変形性股関節症進行期
 CE角(正常+30°~)
 左-22° 右+16°
→2009/3/5に左股関節骨切り手術「AAO」
(当時大学2年春/19歳)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
*現在
【左既術性形成不全股関節症】
経過観察中。術後7年経過。(2016年4月現在)

オペ後に体重管理をしようと、
大学2年〜自己流なダイエットをしたことにより、
*摂食障害歴(拒食,過食嘔吐、過食、無茶食い)
6年〜

★メールは
kaneko.hiroko93★gmail.com
↑★を@にかえてね!

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