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2017/10
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1/27:2016年への祈り。


2016年1月27(水)
みせすです。

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▶▶みせすへのエール。
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「更新してないよね?」とか、
「更新楽しみにしてます!」とかそういうコメントがあって
私のこと、心配してくれる人がいると思うと、
ものすごく、嬉しかった。
自己満でやっているこのブログだけれど、
このブログも多少なりとも、誰かの力になれたらいいなとも思う。


たとえば、これを書く時、
なんだか、イライラしていたのが、
書いてたらすっきりしてきた。
どうやら一ヶ月書いてなかったみたい。ごぶさたですね。

書くことで、気持ちが整理されていく。
自分の気持ちに気づくこと。
とても、とても、私にとって大切なこと。

少しずつ、自分の好きなこと、得意なこと、できること。
そんなことを整理していけたらいいなと思う。





******************************
■■■最近のみせす■■■
*******************************

具体的には
12/19(土)【食育ボランティア:KKP】ベーグル作りワークショップ。

12/22(火)大好きなともだち!こうちゃんと
みそづくり、な、お泊まり。

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12/23(水)夜はゆうちゃんとお茶。転職の話について聞き、もりあがる。

12/23(水)Apple Storeでmacbook pro→air のデータ移行のお願い

12/24(木)クリスマスイブ。銀座でスープカレー♡

12/25(金)大切な後輩に誘われ。クリスマスジャズコンサート。はじめてのjazz。

12/26(土)摂食障害ツアーでなかよくなった、まりこと築地デート♡
そして!ついに、はじめまして!macbooair :) データ完全移行!!

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12/27(日)【食育ボランティア:KKP】 さりーと予備実験♡

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12/28(月)仕事納め。→そのまま群馬へ。

12/29(火)高校の同級生と久々の再会。お茶♡

12/30(水)中学以来!10年ぶりの再会!中学の部活の後輩と♡
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12/31 ひたすらおせちつくる。生こうじが手に入ったのでみそづくり。


1/2(金)高校の時のボランティアつながりで大好きな親友:りいちゃんとごはん
→そのあとプリクラ→カラオケ



1/3(日)母方のおばあちゃんちへ。新年のご挨拶。

1/4(月)摂食障害「たちあおい」の会の副代表でもある、ロペちゃんと初対面!
ゆっくりお茶するはずがマシンガントークでお茶してた!

1/7(木)女子栄養大学のオープンキャンパス(夜間入学説明会)行ってきた。

1/9(土)十文字学園女子大学―公衆栄養学実習の授業で、少し講演させていただく。



1/10(日)KKP(キッチンの科学プロジェクト):
かみかみ予備実験。さりーとまりこと♡



1/15(金)銀座のインドカレー。
たまたま入ったとこなのに食べログで5000に入っててびっくりした。

1/16(土)摂食障害で知り合った、大切なこはるお姉さんととおうちデート

1/17(日)食育ボランティア《元》の後輩とお茶。@浅草橋

1/20(水)EATLIFEの代表:まっきーさんとはじめまして→ごはん♡


1/22(金)精神科受診
1/22-24(金-日)米こうじつくった!→みそ仕込んだ!

という感じで、
なんだかんだ、
「人に会っていた」、「動いていた」1月だったな、と思います。

○ドライジンジャーつくったw



○ひたすらパンつくった!

3月の子供向けパン作り教室にむけた、「ごはんの教室」。
ふわっふわの、パン作り。



○ピザつくった!

○生サバ買って三枚におろして、しめさばつくった!うまし!!

 
2日かかったけれど、とてもおいしかった。
 さばが白っぽくなって、しめ鯖になったサイン。


○はちみつかりんつくった!


○かりんジャムつくった!
 二か月前に買った、かりんはちみつ漬け。



漬け終わったかりんで、かりんジャムを作ってみた。


○さつまいもから、焼き芋づくり。

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 オーブン低温で二時間。焼いてみた。めっちゃ甘くてびっくりした。
 このままスイートポテトになりますwレベルな感じ。
 甘くなるのは、デンプンの糖化―食物酵素のアミラーゼのおかげ。




手間かけて。        
時間をかけて、少しずつ味わう。

食べ物の、恵みに感謝。





━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶2016年
━━━━━━━━━━━━━━━

あ、macの入力がやっと解決したw
さっきまで、なんかうまく変換できなかったんですよ。
11月にPCが壊れてから、
12月にmac book pro → mac book airにしたこともあって、
どうやら「ライブ変換機能」になってたみたいです。


2016年:平成28年。いよいよ始まりましたね。


歳をとって、「あけましておめでとう」という
言葉を聞くたびにいつも反論ばかりしてた。

なにが、「おめでとう」なのだ、と。


摂食障害のあたしにとっては、
「年末」・「正月」⇒食べて太る・寝正月
に決まってて、(摂食障害になってから)毎年(ここ5年くらい)
ずっとなんだかんだ(気分、含めた)体調を崩してる(;ω;)

うわーん、と泣きたくなるくらい。

主治医に、「この時期だけ、デパケン(=気分安定剤)を飲む?」
と言われたくらいだからw。

そんな今年の冬。

●朝は、できる限り起きる(といっても、8時とか9時とかね)w
●午前ひまなときは走る。
(なんかひたすらびっくりするくらい走ってた。MAXで3時間とか、ひたすら。
足がオーバーワークしすぎてるのも感じたり。結局1日だけ休足日をつくってみたらやっぱり休まる。)

10~22km,
1時間~3時間くらい走ってた。
そんなことと同時並行で、
●会いたい人に会う。自分の時間を大切にする。
●食べるものに、気を付ける。
ことをしていたような、気がした。



・・・・・・・

今さ、一月も中旬になって、
ずいぶん、寒波が押し寄せてきて。
やっぱり寒くて、辛いはずなんだけれど、
<やっと寒さになれてきた>という気持ちがある。
寒い。やっぱり、寒い。

そして、そんな休みの期間に
エネルギー補給したのに関わらず、
会社の仕事始めの日から遅刻ギリギリな私。
体と心は正直だなw(後述)



━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶おせち
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●今年のおせち
数年前からつくりはじめて、やっといろいろつくれるようになってきた♡

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●伊達巻

●黒豆

●花豆の甘露煮

●五目大豆
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●栗きんとん

●きんぴらごぼう

●酢レンコン

●煮しめ(6角里芋・くわい・矢羽蓮根・こんにゃく・花形にんじん)

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●田作り

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●栗きんとん

●松前漬け

●紅白なます

●数の子


をつくりました♡約1日+αなので結構疲れたけれど、
頑張ったなぁという感じです。
「おいしかった」といわれる喜び。



━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶麹づくり・みそづくり。
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群馬の、某貸し調理室へ。
こうじ菌を増殖するマシンがある!!
ので、三日間かけて、
まさかの、米こうじを仕込んじゃいました!
麹の良い香りに包まれて。幸せなひと時。



山口で出会った(紹介してもらった)
素敵な女性の方に、いただいた言葉。




「自分を見失ったとき、辛いときは、
自然に戻るといいよ。」



麹の発酵のにおい。化学反応。まさに、科学の力。
自然の力を、ありがとう。



と。
いろいろやってたら。
そこに、100kgまで測れるものがあったんですよw


まさかのww


■■■体重計騒動■■■


みそつくるのに、とか、
米こうじつくるのに、重さはかるやつ(業務用)の大きいやつがあって。
普段は絶対体重計のらないんだけど、(一人暮らしの家にもない)

興味本位で乗ってみたw

まさかの・・・


56~57kg (!!)(みせす身長155cm)。

!!!!!!!!!!!


せいぜい55kg以内かなー。
痩せてれば、52kg~重くても55kgかなーと思ってたから
それはそれでめっちゃショックだった(;;)

ちなみに、私の母親は50キロ。
どちらが重いか対決してて(メタボ的などんな対決だよ)
体重計に乗った母親が、思ったよりも母親自身が軽かったので、
あわてて近くにあった圧力鍋も持っても、55キロw

「お母さん」+「でかい圧力鍋」=「みせすの体重」

って思ったら、なんとなく泣けてきたw

・・・・・・・・
まぁ、いいんだけどねー^ω^)


やっぱりショックだったりするけれど、
母親は食べたいものを食べたいだけ食べてる。
差し入れでもらったバニラアイスも母親は3本食べて、
私は一口食べただけ。

もし体重が増えないなら、三食きちんと食べたいし・・・・


ま、いーや^^



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━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶食育
━━━━━━━━━━━━━━━
十文字学園女子大学で、管理栄養士を目指す3年生向けに講演。
公衆栄養学実習という2コマの授業で、
食育の名で有名な墨田区の人からのご縁。



最後の方に「若者の食育事例」として、
キッチンの科学プロジェクト(KKP)の共同代表として
お話させていただきました。

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私に与えられた時間は、たった10分だけれど、
●管理栄養士でもない、単なる私による食育
について精一杯お話したつもり。

★★★★★★★★★


キッチンの科学プロジェクト(KKP)という食育ボランティアをはじめて
三年半。
子供向け、科学実験ワークショップに携わり、
私は、栄養士とかの道、向いてなかったんだなぁと改めて気づいた。


管理栄養士・栄養士が目指す、食育。
*食育バランスガイド。
*三大栄養素
*バランス

・・・・
私はとても、とても。そんな話はできないのだ。

私は、栄養素、ダイエット、節約、安全・・・
いろんなことを、考えすぎて、
「食べられなくなった」

そして、
「食べられなくなった」
ときには、
もう、
「ちゃんと食べる」
ということが、できなくなっていた。



【衣】【食】【住】-人間の最低限の生活をつかさどる、三大要素。
これを実行できない。
【人間の本能行動】を、完遂できないー
そんなこともできないのか、
“落ちこぼれ”の称号をもらったように、
海の底に沈んでいた。




ずっと、「意志が弱い」と思っていた。

「病気から治ろうとしてないんじゃない?」
と、弱みに深入りされたこともあった。

・・・・でも、
問題の根本は、そこではなかったのだ。

「食」は、自然の大地そのものであり。
「食」は、健康・医療であり、
「食」は、経済でもあり、
そして。
「食」は、社会問題でもある。

健康とか、節約とか、安全とか、
食のこと、考えると、たくさんありすぎて。

でも、
「おいしい」と、人生が楽しくなるように、思う。

料理をする。
だしが。素材が。
食材のハーモニーがマリアージュをおこしながら、
自分の想像を超えた、おいしさにつながっていく。
こんな自分でも、料理ができた。
ああ、「たのしい」。

(これ、喜んで食べてくれるかな・・・・)

前立腺がんに侵されてる、おじいちゃん。
去年つくった手作り味噌が「おいしい」っていってくれたから、
今年はみそを、倍の量つくったよ。
ピザがすきなばあちゃんのために、生地からピザを作って。
とろけるチーズをほおばりながら「うんまい」といって食べてくれた。
かりんはちみつを、つくった。
東京で一人暮らししている私と、群馬の実家にいる母と電話してて。
「こんど実家かえるとき、もってきてよ。おいしそうじゃん」
といってくれる母。

そんな風に。
誰かのことを、思って、料理をする。
そうすると、なぜか、「やさしい」気持ちになれる。


「おいしい」じゃないと、人生つまらないし、
「たのしい」じゃないと、料理はできないし、
「やさしい」じゃないと、笑顔には、なれなくて。


母が整形した、動物パン。
おもわずのぶいさくっぷりに、
母と娘で笑い合った。

これも、私にとって、大切な「食育」。



・・・・・・・
そう。


私が目指すべき、「食育」の形が、やっと見えてきた。

//好きなものを、
//好き嫌いとか、栄養とか、カロリーとか考えず、
//自分の食べたいものを食べたい時に、
//好きなものをおいしく味わえれば、それが真の健康であり、
//幸せなんじゃないか

というみせす的食育!




私は、
栄養士とかの道、向いてなかったんだなぁと改めて気づいた。



好きなものを、
好き嫌いとか、栄養とか、カロリーとか考えず、
自分の食べたいものを食べたい時に、
好きなものをおいしく味わえれば、
それが真の健康であり、幸せなんじゃないか、というみせす的食育。


ある程度の知識はあれば、
あと食べ物をどう選択するかなんて、その人の自由。
ちょっとくらい食べ過ぎちゃうこともあるし、
ケーキバイキングとか、お菓子パーティーとか、
ある意味、そういう楽しさもあるし、
そういうことすべて踏まえて、
自分であとでバランスをとっていくことができるのなら
それはこの上なく素敵なことだと思う。
1日3回、毎日ちゃんとバランスよく食べること。
なかなか難しいものがあると思う。
食欲がないときに、でも、体のことを考えて、無理に栄養をとるよりも、
食べれない時もある。
食べれない時は、無理に食べなくていいし、
食べたい時に、食べたいものを、食べる。

摂食障害からの回復過程で、
いろんなことに挑戦してきた。

でも、最終的に行き着いたのは、
そこ=「食べたい時に食べたいものを食べる」
ということだったのかもしれない。

もちろん、拒食とか過食の恐怖を知っているから、
そういう負のスパイラルに巻き込まれないような
最低限のことはしている。
たとえば、
・1日中絶食はしない。(あとで飢餓状態になりかねない)。

・最低限の炭水化物はとる。(糖質制限ダイエットはリバウンドが半端ない)

 食べたい時は、炭水化物も全然OK。罪悪感を感じない。菓子パンをほおばるときだってある
 (だいたいはさつまいも食ってるけどねww)

・過食のときは、時間をかけて、ゆっくりできるだけ味わう。
 無茶食い(食べたくもないのにストレスで惰性で食べてるのか)なのか、

食べ過ぎ(単なるおなかすいて食べているのか)を、時間を置くことで見定める。

↑自称10秒カウントとかいってる。あたし。



・・・・・・・・・・・・



だからこそ、
こんな私が、子供たちへの食育活動やってていいのか、
ってすごく悩むし思いつめるときもある。






最近がんばってる、パン作り。

認知症が結構進んでしまった、
おばあちゃんを巻き込んでみた。

私がほそい棒を3本作り、
そして三つ編みにしてもらう。

すごく、うれしそうに、つくってくれた。



*******


「食育」って、管理栄養士、栄養士だけがやるものじゃないって、わかってる。
でも、
どうしても、管理栄養士として、
食育活動―勉強会の参加、企画運営、食事会などに、携わる彼女を見ていると、
自分自身が、正直、情けなくなる。



私は、「食育」をライフワークにしていきたいし、
「伝える」ことを、仕事にしたい。
プレゼンや、講演で、自分のご飯を食べれるような
そんな生活ができたら、なんて理想だろうな、とも思う。
でも。
このボランティア活動やっていて、
どうしても「持ち出し」のお金が発生する時点で
(交通費とか、材料費も一部を除いてほぼ。)

どうして、“サラリーマン”にみんながなっていくのか、とか、
みんなが、サラリーマンを続けていくのか、とか。
お金のことも、少しずつ、学んでいったつもり。

だからこそ、
“自分のやりたいことで、自分のご飯を食べる。”
に加えて、
“自分のやりたいことで、大切な人のご飯を提供する”
“自分のやりたいことで、自分の子供のご飯を食べさせる”
ことの、むずかしさを、改めて痛感している。

今、私は26歳になって。
私の友達(今考えると結構同じようなタイプの人が多いのかもしれないw)
が、いろいろ「転職」とか、将来に向けて動いたりしていたりして。

・・・・悩む。
そりゃ、悩む。

どういう形で、「食育」を「ライフワーク」として
携わっていけるんだろうか。って。

正直、路頭に迷っている。
生きること、目の前のことを大切にすること。
今の私は、摂食障害を治すだけで精いっぱい。
日々、生きることで精いっぱい。

それでも、出会いに支えられ、
少しずつ、今を生きている。



私にしかできない、「食育」・・・・。
そんなものが、いつか、できたらいいな、と思っている。


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大切な、後輩。みっきーと。
出会ってくれて、KKPをやってくれて。
リーダーとして頑張ってくれて、ありがとう。




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▶▶自分を変える
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***どこにいても、自分次第で、どうにでも変われる****
一人旅を散々してきて、行き着く先は自分だったし、
いろんな人に聞いても、みんなそういう風に口をそろえて言う。

大切なのは、
「どこで働くか、より、自分が何をしたいか」なんだよ、って。


でも。
「環境」って、とても大きいものがある。

文化、環境。
小さいときにどんな教育環境で育ったか、家庭環境で育ったか
それが摂食障害の大きな要因の一つになる場合もある。

仕事をするってことは、人間関係のストレスや、やる内容が複雑に絡み合ってくる。

自分を変えるには、「環境を変える」ことが、とても大きな役割を果たす。
人は、人と交わりあって、いろんな影響を受けて、変わっていくから。
環境の中で、変わっていくから。




はちみつと、牛乳でつくった、ミルクジャム。

ほんのりの、優しい甘さが、心に染み渡る。

おいしい。ってこういうこと。



━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶自尊心
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私は。
とてつもなく、自尊心が低い。
自己肯定感がない。
だからこそ、
「愛されている」を、確認する生き方を、している。
それは、「見返りを求めている」と、指摘される。
でもね、
そこには、確かに、“愛”がある。
そんな、「見返りを求めている」のかもしれないけれど、
「誰かのために」:誰かのことを想うと、心が、動く。
いつも自分勝手な自分なのに、相手のことを思うと、心が切なくなったり、哀しくなったり、うれしくなったり。

「愛」って見えないもの。
普段あっても、目には見えないし、意識しなければ気づかないものでもある。
だからこそ、私は、あえて、意識する生活をしていきたい。

「愛されてるよ」
「私は、愛されるために、生まれてきたんだよ」

って、何度も、何度も、声に出して、行ってもらいたい。

一人の人間を受け入れる。



━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶摂食障害のこと
━━━━━━━━━━━━━━━
正月はやっぱりあれた。
ほら、正月や年末年始って、食べるイベントが多いじゃないですか。
本来はお祝いするはずなんだけれど、

「なにがおめでとう?なの?」
くらいな、マイナスな気持ちが、働いてしまうww

そして。これ書いている、
生理前のいまはやっぱりあれる。(爆)

年末、
どうしても甘いもの食べたくなったり、
アップルパイが許せず、吐いたり、(そしてでなかったり)
東京に戻ってきてからは、
チョコと芋ケンピと、ラーメンを過食して、そのまま寝るつもりが
なぜか寝ながら自然嘔吐していたこともあった。
生理前のこともあって、食べて荒れてるw

昨日帰りがけに、さつまいもの(焼き芋)を買ったんだけれど、
一口食べて「ああ、いいや」と思ってしまった。
その前も、落花生を買って、一口食べて満足。
そのあとドライマンゴーとか、おからとかバカ食いしたけどw

なんとなく、
「これが食べたい」っていうものが、わかってきているようなきがする。

まぁそんな食欲だが、
実際は結構荒れていたりして、
やっぱり会社行くのに朝起きて、電車のって、もうフラフラ状態だったり、
明日会社か・・・と思ったら、帰ってきてずっと基本ベッドの上がいいし、
そんなベッドの上で何もしない自分に腹たったりするし
(いいかげん、ちゃんと洗濯しろやwまだ今週してないw
しかも流し台の洗い物そのままw)
みたいな自分がいて。

まぁ寒いから、しかたないんだけどねー
って、開き直ってみることにする。(笑)





━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶最近の摂食障害のこと。
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あらためて、みせすが、どんな病態かというと。
漢方(35-四逆散)服用中。
眠れない時、睡眠薬(ベルソムラ=オレキシン受容体拮抗薬)を服用。

気分安定剤(デパケンR 200mg)は、一応「お守り」として、持ってる。
(辛くなったら、これ飲めば楽になる)
・・・・・・って、自殺じゃなるまいしww

○三食食べるのは厳しい(朝抜き、夜過食傾向にはあるよね。)

○とはいえ無茶食い程度(菓子パン10個とかまでは食べない。)

○お菓子を食べる日もある(みせすにお菓子を与えると危険ですw)

○過食嘔吐は12月に一回した(どうしても外食で食べたパイが許せなかった。)

○あんまり走れてない(土日に走る程度。冬休みは走ってたけど最近さぼってるw)

○睡眠薬絶賛服用中。

○気分の波があるけど、冬の気候になれてきて、
ちょっとだけ(ちょっとだけ、ね)落ち着いた。(気がする)



せっかくこんな風に、パンを作っても
過食してしまうときだって、ある。


摂食障害の同志の子の、婚約が羨ましくなったり、
(姉の結婚生活・・・は、まぁいいやww)

うまくいっている他の子のこと、感じてしまったり。


寝られなかったり、寝れたりの連続。


睡眠薬(ベルソムラ=オレキシン受容体)のおかげで
だいぶ寝れるようになってきた。
寝れると、体が軽くなる。
そのおかげでちょっと、心も、軽くなる。
でも、心の根本に大きな問題を抱えていると、
そんな簡単なことでもなくなる。

心療内科・精神科・精神神経科の世界って本当に難しい。
「心身一如」を実感する日々。


「回復」っていうのは、その人自身のこと。
やってみると、意外と気づいてくることもある。

私は、何がやりたいのか。何をやりたいのか。

できるだけ、今は、後悔しなように、食べてる。
炭水化物も、いろんなものも、。

普通に食べたいのに、
食べて後悔している自分が、どこかにいる。

一人で食べて、
一人で抱え込む。
病気であることが、罪悪感としてつながる。
大変さは一人一人違うからこそ、
比べることは、ナンセンス。

過食は、私にとって、助けてくれる手段。・・・
手段の一つ、であり、でも、それが万能なものではない。
症状が支えてくれる時もあるし、
手放す必要もない。


私は、誰かに必要とされる人間になりたい。
困っている人の役に立ちたい。

それは、
仕事を辞めてからでも遅くないのかもしれない。


どれだけ、深く考えているのだろうか。

「満たされる」
どれだけ、満たされても、
どれだけ、言葉をかけてもらっても、得られない満足感がある。

私は、精神科に通って、主治医にずっと4年間くらいお世話になってる。
話すことはいつも変わらない・・気がした。

「ねぇねぇ、先生、あたしよくなってる??」

と、ほぼ毎回聞く。
摂食障害の極致にいた自分と比較したい。
昔の自分に比べて、で、しか、自尊心を保てない自分がいるけれど、
人と比べるより、自分と比べるのならまだいいかな、って開き直る。

「先生、あたし、いきてていいの?」

何度も、何度も、確かめる。

「もちろん。生きてていいんだよ」
先生の優しい言葉に、どうしても満足できない。
得られない満足感。

ずっと、それが、違和感として残っていた。
そして、やっと気づいた。
・・・・・それは、
根本的に、私の中に、大きな何かが、あったんだ。




その人、その人の人生があり、
食べる自分を受け止めること。

そこから、私は、
摂食障害に対して、前向きになれた気がする。



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そんなことがあっての、
定期的の(月1回の)精神科受診
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓






******************************
■■■精神科 定期診察■■■
*******************************

一か月半ぶりの、診察。
予約変更していったのですが、「先週どうした?」から始まり、


一時間半ちょいの、通院精神療法。
また、先生に甘えてしまいました。




━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶デパケン騒動の結末。
━━━━━━━━━━━━━━━
そして、診察室入って早々。
主治医:「あれ、なんか前回のときより、落ち着いている?」
みせす:「・・・・そう?」
主治医:「デパケン(VPA)飲んでる?」(※気分安定剤)
みせす:「いや、まったくw。睡眠薬(ベルソムラ)は適度に飲んでるけど」



冬が来ることは、気分が下がる。
前回の診察では、確かに、しんどくて、でも、私にとって「愚痴」であって、
死ぬこと・生きることを、あきらめているわけじゃない。

たぶんねー、
“一冬”超えたら、元気になる、的なね。

12月、1月を超えると、元気になる。
主治医と話していて、理由は2+1つ。
(追記:と分析したが、単なる前回が生理前でPMDDであれてて、
今回が生理終わった後だったからじゃないか、説w)

↓↓↓(以下理由)↓↓↓↓↓↓
【1】「寒くなる」【進行形】という行為が苦手であって、
寒さになれたら、
「寒い」という状態に対しては、生きていける気がする。

【2】年末年始のイベント
クリスマス、とか、正月のおせちとか、暴飲暴食とかね。
そういうのを超えたら、元気になる。

あと、これは、みせすの考えが大きいのだが、
【3】日照時間
冬至(12月22日ごろ)をすぎると、日照時間が伸びてくる。
冬季うつ病の原因に、「日照時間の短さ」っていうのもあるし、
この伸びてくる、だけで、元気になる。
「冬至の法則」って名づけたら、
主治医:「いや、それはちがうだろw」
とつっこまれましたw
↑↑↑↑↑↑(以上理由)↑↑↑↑↑


と、さんざん(過去の自分の視点から)

○(いかに薬を飲みたくないか)

○(ほら、薬飲まなくても、自然治癒力でなんとかなるでしょ?)

を伝えてきたw



・未来に対して、不安で、怖くて、寂しくて

・すぐ体調不安定。

・でも誰でも頼れるわけじゃない。

 それって「人を選んでる」ことかもしれないけれど、
 “頼れる人を選べる“っていうことはいいことで、
「必要以上にいろんな人に声をかけて自滅していない」時点では
自分で回復する力を、知っている。
だからこそ、
「不安感」を、薬で乗り切りたいわけじゃないし、
毎年の“冬”だけど、少しずつ攻略法を覚えてきたわけだから、
「気分安定剤」という選択肢は除きたかった。
(といいながら、「デパケンのみたい(くらい辛い)」と叫んだのは、このあたしw)
たぶん、解決策を求めている一方で、
それより実は、デパケンがほしいくらい、頑張っている自分を認めてほしかったのだ。

誰かに心を許して、そんな人たちと、ゆっくり幸せを、感じていたい。


が、
主治医:「飲みたくても飲みたくなくても、僕の考えは、必要なものは飲んだほうがいい、からね。」
って言われた(笑)


率直な、着飾ってない言葉。
での、コミュニケーションが、とても、とてつもなく、うれしい。


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今年ゲットした、my ブーツ。
暖かくて。
冬に対する対処法を、少しずつ、身につけていく。




━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶社会的な偏見。
━━━━━━━━━━━━━━━
先日ね、会社の違う部署の女性の人たち(30~50代)が話していて、

A:「摂食障害・・って、どこ行っても食べれない、っていう病気なんですね」

B:「精神的な問題があるんですかね・・」

A:「きっと一昔前までは病識ってなかったでしょうね・・・」

みたいなこといっていて。
それを、主治医と、話してた。

主治医:「やっぱ、まだまだ一般的な偏見は、そうだろうね。」と。


(製薬会社に勤めるみせす)にとって、
“”社会的な偏見“っていうのは、
まぁひとつ、ショックだったことはショックよね。
でも、きっと。
私が病気になる前まで、私は、全然この病気に対し
理解を示さなかったし、
興味を持たなかっただろうと思う。

昔は、いろんなことに耳を澄ましては、
自分を犠牲にしていたけれど、
今は少しずつ、情報を取捨選択していけたら。



ハイジの白パン。
ドライフルーツのいちご
(これ買うのがまた大変だったww
ドライフルーツの専門店にいってもなくて、
結局日本橋の百貨店に入ってる、製菓の専門店でゲットした)
いれたら、苺みるくパンになった。

幸せなひととき。


━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶眠剤の考察(ベルソムラ)
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ベルソムラ(新薬として発売されて約1年。)
を飲み始めて、約2カ月弱。
毎日ちゃんとのんでるわけじゃないけれど、
飲むと、寝れる。
<感触>としてはこんな感じ。

・効くのに最低1時間(本当に最短で30分)

・だいたい2時間(空腹のほうが早く効く)

・持ちこし(=翌日日中眠くて仕事にならない的な)はない。
逆に[on]と[off]のスイッチの入れ替えがはっきりするようになったかも。
ベルソムラの飲まなくても(夜更かししすぎて)寝れるときは、そのまま寝るし。

・半減期は10時間的な。

・熟睡感はなし。でも体としては一応元気(レム睡眠やなw)。

・悪夢は半端ない(病気の夢、病院の夢、何度見たことか)

・あさ、だるいw 目覚めよくぱっ!と起きれるわけじゃない→少ししたら元気になる!

・プラセボ効果なのか・・・

次の日の朝仕事で起きる時間を逆算して、
夜遅く帰ってくると、ベルソムラが飲めないから、
(だいたい夜9:00前に飲む→11:00ごろに爆睡w。次の日6:30とか7:30に目覚める)
そうするとベルソムラが効いているかどうかが
一応実験してるから、効いているかどうかはそこで感じてる。

と、いう話をしていて。

主治医:「まぁ、たしかにプラセボもあるのかもね」
みせす:「そしたら悪夢みないわw」
主治医:「そうよねwww」


ずっと、「アンチ西洋薬w」的な人だったから、睡眠薬を飲むのもためらっていた。
拒んでいた私がいた。(まぁ漢方の会社にいることも含めてね。)
というか、
「自分なんか」が「睡眠薬」を飲んでいいものか、とも思ってた。
(単なる夜更かしして次の日は昼寝とかうつろうつろするし、的なね。)

でも、眠剤飲むと、身体は楽になる。すっげー楽。

ポ○モンみたく、
「みせすは、“寝る”という新しい技を覚えた!」
その時間だけ、嫌なことを、忘れられる。
時間が過ぎる。
すっきりする。
現実逃避。棚上げ手段。

楽にあると、心と身体が穏やかになる。
でも、結局、心に大きな根本的な問題があるのだから、
悪夢を見るときも、多々あるし、
睡眠薬を飲んだからってすべてがすべて解決するわけじゃない。
「体は元気なはずなのに・・なんで心は上を向いていないんだろう」
的な気持ちも存在している。

「心身一如」
―心と、身体の、一体化。

心と、身体の、バランスを保っていく。
保とうと、思って保てるものじゃないから。
ちょっとでも、身体と、心の声を、聴く。







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▶▶「よくなってる?」
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みせす:「先生、あたし、よくなってる?」
と毎回聞いてしまう。
そのたびに、
主治医:「よくなってるってわかんない?」
と逆に尋ねられる。

(うーん・・・・)

みせす:「穏やかな瞬間はあるけど、いつも穏やかじゃない」
主治医;「穏やか=よくなってるってことだよ。本当にひどいときは何もだめだったでしょ?」

主治医:「よくなった瞬間が少しでもあることは、よくなってる証拠だと思うよ」

私は、どうしても、
まだ、0か100か(完璧主義:物事を白黒決めつけるような性格)があって、
「完治」か、「病気」か、って決めつけたい。
そういう意味で、「早く治りたい」っていう気持ちもある。

「よくなってる?」
「治ってる?」
って聞く意味には、いろんな意味がある。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
(1)自分のことが、信じられないから。「絶対的」な信頼感がほしいから。
(でも、結局、「絶対的」なものはない、っいうことも、知ってる)

(2)ADHDとか双極性障害とか自分が持っているなかで、
一瞬の迷いとか、逃げとか、衝動性のたかさゆえに、
(たとえば気分の波が高い、ハイテンションとかね)で言っているのかもしれないから。

(3)病気が残っているっていうこと。もしそうなら無理しないほうがいい。
っていうことを、わかってるから。
ドクターストップで判断してほしいから。

主治医曰く:「薬飲んだほうがいい状態でそういう状態だからね(苦笑)」
って言われて笑った。



やっぱり摂食障害から完全に回復した!っていう(ような)人に会うと、
そのキラキラした、不安のない(ように見える)オーラから、
(摂食障害から克服した、ってこういう状態なんだな)
って自分で勝手にいろいろと決めつけてしまいがちになる。
(決めつけ、とか、思い込み激しいみせす←この時点で、すでに、摂食障害)w















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▶▶迷惑 /  手間のかかる患者。
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みせす:「先生、最後一つ聞いていい?」
主治医:「いいよ。」
みせす:「あたし、生きていいの?」
主治医:「(なげやりな感じで)いいよ」
みせす:「だって、迷惑かかるじゃん。ほら、先生にも。」
主治医:「迷惑、じゃないよ。手間はかかるけど」

(あ、よかった、迷惑じゃないんだ)。
・・・・・・・

漢方薬変更して、(四逆散は連続。今回は冬だから桂枝茯苓丸にした。)
睡眠薬継続でもらって、次回の予約入れてもらって、診察終了。


で。
診察室出た瞬間に、ふと思った。
wwww

「手間のかかる」・・・・(笑)

手間のかかる、って言われて、
ほっと、した、自分がいた。
でも、手間のかかることが、悪いことなのかもしれないけれど、
私は、本当に、うれしい。


生かされたいのち、ってこのことだと思った。



私を、支えてくれる人がいる。
私を、生きさせようとさせてくれる人がいる。
あなたのやさしさが、私をこうして、いかせてくれている。
たくさんの人が、私に、エネルギーをくれる。
本当に、うれしい。ありがとう。





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▶▶摂食障害って治る?
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新しい摂食障害の仲間に出会って。

「みせすちゃんは、摂食障害って治ると思う?」
って聞かれた。
真面目、完璧主義、頑固、優しい、いい子、
自己表現が苦手、自己犠牲的、自己中心的、
劣等感が強い、自尊心が低い、自信がない、、、

何より、「摂食障害」。

というレッテルに振り回されて、
(ずっと治らないんじゃないか)って思ってしまうこともある。
自分を見失うこともある。
右も、左もわからず、
病気の波にのまれてしまうことある。

でも。
あくまでも「病気」の自分を区別する。

(ああ、私は「摂食障害」だから、うまくいかないんだ。)
と、ほっとした気持ちもつかの間、
(「摂食障害」だから、私はもう、何もかもできないんだ。だめなんだ)
と、すべて病気のせいにして逃げてしまう自分が、やっぱりいる。

でも。
病気は、あくまでも、「病気」であって、
それがそのまま自分自身を表しているわけではないのです。

「病気」の面もあるけれど、
私はいまもこうして、生きている。

私は、そんな「摂食障害」で表現できるような存在じゃない。
「摂食障害」の仲間は、みんな私と違うし、みんな違った素敵な個性を持ってる。
複雑で、絡み合って、神秘的で、どんどん、変わっていく。




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▶▶「自己顕示」と気持ちの整理
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私は、「生活リズム表」と「認知療法」をベースにした
対話による精神療法を続けている。
認知行動療法をずっとしてて
(もはや認知行動療法ではないwと二人で笑った。
ただ気分を書きつらねる紙っていう意味でねw)

だいぶ、気持ちの整理が、できるようになった。




私の紙には、1つの「世界」が広がっている。
その時の、嫌な感情、もやもやした感情、怒り。情けなさ。
そのような感情を、紙に吐き出す。殴り書きする。
一枚の紙に(おさまらないこともあるけれど)広がっていく。

紙を書き殴ると、感情が、発散される。
朝になると、忘れている。
感情が、「放たれる」感覚が、ある。

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実際に診察に使ってる紙。
こうやって落書きすることも、多々あるw


診察では、
その紙をもとに、感情を振り返る。
みせすの生活を振り返る。

なんか、あとからみると、自分の気持ちが、恥ずかしくなる。
子供みたいな、(今も結局インナーチャイルドだけどね)
泣きわめいた感情が、むき出しに、紙の上に書いてある。
・何が嫌だったのか、
・どうしてほしかったのか
・やつあたり的な感情(なぜか主治医に八つ当たりw)

私は、先月書いてて発見した。
●●●気持ちを整理するために書いている●●●
って思ってたけど、ぶっちゃけ、それなら、
紙を書いて、そのままやぶりすててしまえばいい。

それなのに、主治医に、見せている。
その理由は、少なからず、
●●●「認めてほしい」●●●
っていう気持ちがあるのだろう、と。
(こんなに拒食・過食症が辛いんだよ」
(だから、抱きしめて、慰めて。認めて。)って。

こんな気持ちだったのに、元気になったよ、とか、
今元気そうにみえている(かもしれないけど)(と願う)、
実はこんな気持ちの葛藤を乗り越えたんだよ、とか。

そんな“認めてもらいたい”気持ちが、
どこか、“頑張っている気持ちを肯定してもらいたい”という気持ちが正直あった。
そう考えると、最初のころは、とくに、根本的には、
“頑張って通院してるよ“とか、
“ちゃんと今回も紙に書いてきたよ”“
みたいな気持ちもあった。
先生のために、やっているから、認めて、的な。

それは、結局「自己顕示力」なんだと、勝手に解釈してた。

・・・・・・・
でも。
先生からみたら、
今回、それは、違った。

「自己顕示力」は、すでに、
**誰だって、
**ちやほやされるとうれしいし、
**自信がない。
**認めてもらって、喜ぶことは、当たり前。

これを読んでいる、“一般的な普通の人”に、とっては、当たり前。
でも、私にとっては、“それじゃいけない”と思ってた。

そもそも私は、自尊心が低いから。
自分の思考・思っていることが、一般的なことか、正常なのか
信じられない気持ちがある。

私には、まだ、認知のゆがみがある。
「一般的にはこうなんじゃなきゃだめなんだろうな」
と、理想論や、完璧論ばかりで自分をつくっていく。

時間がかかるかもしれないけれど、
少しずつ、それを、解消していく。

先生と、話すと、元気をもらえる。
というより、
自分の感情が整理されていく。
一種の“魔法“みたいなもの。

さすが、プロだな、専門家だな、と思う。
信頼できる人との、コミュニケーションって、本当に、大きいもの。

「認知行動療法」(的な)。
― 感情を、吐き出し、感情を整理する。


「生活リズム表」
「認知行動療法」。
初診から(半年して始めて、)それから4年。
みせす:「これって続くことがいいことなの?」
という素朴な疑問に対し、
主治医:「いいことだよ」
ってやさしく、うなづいてくれた。

私は、単なる、自己満足でやっていることだけれど、
主治医の、「よくなるために、やっていることだよ」
という言葉を、信じてみる。





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▶▶試行錯誤
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摂食障害になって、大分、”MY RULE”ができてきた気がする。
いい意味での、マイルール。

たとえば、

・過食したい時、10秒カウントする(食べる前に本当に食べたいのか、考える)、

・玄米を噛んで食べる。過食したい時はお菓子よりごはん。

・とりあえず過食に対してきなことおから。(きなこは1kgの業務用が家にあるw)

・パンを食べたい時はベーグルとか。自分で作ると幸せ。

・辛いときは、寝る。睡眠薬も使うときもある。

・過食しすぎて胃腸が辛いときには漢方。(17―五苓散が効果あり)

・過食嘔吐してのどが痛いときにも漢方(138―桔梗湯でうがい)

・低気圧で頭が痛いとき(片頭痛)にも漢方(17―五苓散)

・イライラして過食する前のときの漢方(35-四逆散、61-桃核承気湯)


書きだすときっと、きりがないくらいでてくるかもしれない(笑)

過食や拒食に対して、だいぶ気持ちをコントロールできるようになってきた。

人によって、対処法は違う。

単に、「●●キロカロリーだけ食べればいい」という食事療法だったら、
確かにその場しのぎで、そういう風に生活することはできるけれど、
「好きなものを好きに食べる」という行為もできなくなってしまいかねない。
万人にとって、決まった治療法はない。
そういう意味で、摂食障害は試行錯誤のしがいがある。

自分にとって、自分の求める方法を、試行錯誤しながら試していく。







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▶▶マインドフルネス
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定期的に出てくる、この言葉w(マインドフルネス)。
第三世代の認知行動療法ともかっこよく言われるが、
言葉悪くいえば、「今の自分は自分」的な考え方(というと誤解される気がするがw)

今の瞬間の現実に、常に気付きを向ける。
その現実を、あるがまま、に、とらえる(知覚する)。
それに対する感情にとらわれないでいる心の持ち方、存在の有様のこと。

私たちが、知覚するとき。
それは、ほぼ同時に、何かを【解釈】や【“評価】をしてしまう感情が出てくる。
それに加えて、【好き嫌い】の感情も出てくる。
そして、その【解釈】【評価】【感情】は、個人的なバイアスに由来している。
(―集団的とか、文化的、とか、本能的な。その人がどう育ってきて、どう生きてきたか、ね。)
それゆえに、現実をありのまま、「知覚する」ってすごく困難で大きなこと。らしい。

思考や感情
自分のイメージって、自分しかしらない。


・・・(例)・・・・・
【みせす】=身長155cm, 57kg。は、
モデル体型でいうと、ぽっちゃり。
BMIの医学的な肥満かっていう分類でみたら、
BMI=23.7 < 25.0(肥満)
だからぎりぎりセーフ。
正直、今の私からみたら、ぽっちゃりな体型で、少し痩せたいな、っていう思いも、無きにしもあらず。
でも、過食症がひどくて、70kg近くまで体重が増えた時もあって、
そんな自分の姿も見てたから、今は全然許せる体型だとも思う。



・・・・・・・・・・・・


脱線しましたが、という話で、
思考や感情(自己イメージを含む)のは、
現実や自分そのものじゃなくて、
心の中の一過性の出来事に過ぎない。

すべては、いつか、終わる。
服を買うとき、どっちにしようかな、って迷うときも、
実際に買い終わった後は、ほとんど迷ってない。買った瞬間は後悔とかあったりするけど、
そのあとはもはや忘れているようなもの。

そういうような、感情が、
“わたし”と、その出来事や、対象の間に割り込んでくると、
ありのままに体験できなくなり、
そのことが限りない誤解や苦しみの原因になっている。

・・・・・・・

と、医学の研究会誌の論文(日本東洋心身医学研究 Vol.30 No.1/2 2015 p.7)を
みせすなりに簡単に噛み砕いて書いてみた。


分かったような、わからないような。
みせすはいつもそんな感じ。
その時によって、解釈も違うし。


まぁ、
いくつか思うことがあるんだけれど。

○私たちは、実は、自由なんだ、って。
 過食とか拒食ルール
(野菜はOKで、ノンオイルドレッシングはOKだけど、アップルパイはダメ)とか。
-そういう食べ物に対するルールを決めているのは、実は自分自身。
やせても、太っても、それを評価するのは、自分。

たとえ100キロの女性がいても、
自分が、(太っていてきれい)。(私は太ってないわ)
とか思っていれば、それはそれでいい。
(飛行機の座席で、太すぎて、隣の人に危害を及ぼすまでとかいかなければねw)

だからこそ、もっと羽を広げて飛んでいいし、
そのルールに縛られる必要もない。
そのルールを、
つくっているのも、「自分」。
とらわれているのは、まぎれもなく、「自分」

* * * * * * * * * *

「摂食障害がずっと治らないかもしれない」
「一生、この病気とつきあっていかなければならないのかもしれない」
そう思って、深夜、一人、ベッドで枕に涙を濡らしたことは、数えきれないほどある。

「なんで私だけが、こんなに、苦しまなきゃいけないの」
って、辛くて、泣きたくて、一人すすり声で叫んでいた時だってある。(つい最近ねw)

* * * * * * * * * *

摂食障害のころは、
原因を誰かのせいにしていた。

「○○だから、私は摂食障害になったんだ。」
  ―家が、父親の絶対権力の世界だった、とか 
  
  ―実家で食育されなかったせいだ、とか


  ―家でいつもスーパーの半額の揚げ物があって、かつ大皿料理で、

    「いっぱい食べな」と食べることを推奨されてきたからだ、とか
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
でも。
そういう、原因究明しても、
何も、変わらなかった。
分析しても、何も、変化がなかった。
私の症状は、よくならなかった。

「だれだれのせい」じゃなくて、
「これから、自分が元気になるために、どうしていくか」
というほうが、もっともっと、大切だった。


******************************
○何かを、想いながらも、
それにとらわれることのない。(こだわりすぎない)。

○形を認めながらも、それにとらわれない。

○一瞬一瞬のうちの、意識のうちに。(いま、ここ)
過ぎ去ったものを思い浮かべない(つりこまれない)

それは、禅的な境地。ともいうらしい。
***********************

私は、「摂食障害」の、一人。

人よりも、感受性が高くて、(適応障害という病名もいただいていますw)
傷つきやすかったり、自分で勝手にルールを決めつけたり。
誰でも仲良く、食事ができるわけでもない。

夜に過食傾向で、朝は食欲わかないから、食べれないことも多々あるし、
会社にいるときは、ストレスがあって、食べれないこともある。


拒食、過食は、私にとって、心の感情のシグナルー【心のSOS】。
拒食も、過食も、自分を守ってくれるためのもの。

拒食でも、過食でも、生きていることに価値があるから、
過食や、拒食に頼ってもいい。

ただね、拒食の行き過ぎは、栄養失調を起こしてしまったり、
過食嘔吐のし過ぎは、食道や胃を悪くしたり、内出血したり。
ちょっと、辛くなっちゃうから。
できたら「無茶食い」程度にしておきたい。






「肝はのびやかを好む」ー
のびやかな家庭、職場環境。
そんなところがあれば、いいけれど、縁よく巡り合えず、
なかなか苦しんでいる人たちが、私の仲間が、たくさんいる。

・リラックスできる。

・笑顔や、ほっとした表情になれる。

・抑え込んできた、我慢してきた感情を吐露できる。

・居場所がある。

・肩の荷が下りる。


そんな、「のびやかな」瞬間が、少しでもあれば、と、思う。



まだまだ、過食に頼ることもあるし、拒食に頼ることもある。

●自分の感情を、認識する力

●気持ちを、伝える力

●人に頼る力。


これらの、総合力を、つけていく。


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▶▶漢方
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漢方っていいな、って思う瞬間は、
胃が痛いとき
なんとなくだるいとき。
そういうときに、“頼れるものがある“って、思えること。
効くかはどうかはまた別だし、
でも、西洋薬ほど、飲むべきときじゃないし・・・
みたいなときに、やさしく効いてくれる(イメージねw)ような感じが好き。


<<<みせすのつかいわけ>>>>

●雨、低気圧で、吐き気や頭痛に苦しむ時は、
TJ-17 五苓散(ごれいさん)。

●過食したとき、胃がむかむかあれてるとき
ストレスでイライラして、手先の血の気が引く時は、
TJ-35 四逆散(しぎゃくさん)。

●朝起きて、なんとなく寒い時。あったまりたいとき。
生理前でイライラしている時。
TJ-25 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
TJ-125 桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん)

以上3つがみせすの愛用処方。35は常に愛用。

    +(そのほか使い分け)
 
●どうしてもイライラして、ヒステリー、パニック状態
TJ-72 甘麦大棗湯 (かんばくたいそうとう)

●生理前(PMS:月経前胃症候群)で、どうしても過食
TJ-61 桃核承気湯(とくかくじょうきとう)

●たとえば前日過食嘔吐して、むくみがひどい。
顔のむくみ・足のむくみが気になる。
TJ-20 防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)

●過食嘔吐でどうしても喉が痛い時。
TJ-138 桔梗湯 (ききょうとう)


同じ摂食障害の仲間たちで、
西洋薬が飲めない子は、たくさんいる。

そういう子に限って、漢方に興味があったりする。

「漢方なら、飲んでもいいと思うんだよね」

・コーラックを一回で一箱つかっちゃう。
・下剤を乱用しちゃう。
・過食嘔吐で喉が痛い

こんな人が、沢山いる。

私が、今、この会社でできることは、なんだろう。

何を、どうやって、伝えていけるんだろう。







━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶出会ってくれてありがとう。
━━━━━━━━━━━━━━━

たくさんの、人が、私を、支えてくれていた。



facebookを通じて出会った
「たちあおい」の会の、ろぺちゃん。
アーティスト的なカリスマ性にすぐれたろぺちゃんが
わざわざ私に、書いてくれた言葉。





摂食障害で出会った、まりこからの、水に濡れた(笑)年賀状。




「みせすとKKPとの出会いは、運命を変えてくれる気がしている」
「みせすがありのままをみせてくれたおかげだよ」

その言葉で、私は、どれだけ、救われるだろう。

****************



高校の時の、友達ーみづきから。





「みせすは、みせすだよ」

手帳に落書きされていた、この言葉。

私は、解き放されていく。



****************




こはるおねえさん。




私は、何もできない。
生きる意味なんて、与えられるような、人じゃない。

私の方が、
生きる意味を、与えてもらってる・・・・。

なのに、こんなに手紙までもらってしまって。
自分に対して情けないけど、
でも。

私が頼ることで、誰かが救われたり、
私にもしも何かできるなら、誰かと一緒に寄り添いたい。




たくさんの人を、助けたいとも、
たくさんの人の、正義のヒーローになりたいとも思わない。


ただ、一人、だれかを、助けられたら。
だれかのそばに入られた。
そんな気持ちでいられたら。




摂食障害になって。

  苦しんでいる人、

  もがいている人。

  コントロールしながら社会生活を歩んでいる人。

  完治して自分らしく生きている人。


いろんな人に出会った。

このブログを見てくれるたくさんの人に支えられ、
誰でもない、一人の、「あなた」に、支えられ。
たくさんの人たちにあってきたけれど、
誰一人、同じ人間はいなくて、
私~みせす~を、みんな、違った方法で、支えてくれる。
●愚痴を笑い飛ばしてくれる。
●みせすの気持ちを、共感してくれる。
●一緒にプロジェクトに関わってくれる。
●電話してくれる。
●励ましてくれる。

“使い分けている”っていう言葉だと語弊がありまくるけど、
どれもどれも、大切な、「かけがえのない」、みせすのともだち。


「友達」なのか
病気をもった、闘病の「仲間」なのか、
回復に向けて一緒に立ち向かう「同志」なのか、
分かんないけど、
言葉では表せないくらい、大切な、存在。

大好きな、こはるお姉さんからこんな言葉、言われた。
「みせすちゃん、いろんな摂食障害の人と会っているんじゃない?
 私のこと、ほおっておかなでよ?(的な)」

私は。
摂食障害の子と、たくさん会うようにしている。
連絡をくれた子には、必ずメールなりメッセージのやり取りをしている。
(ように心がけている)。

「会いたい」とか、
「話がしたい」っていってくれる人に対して、
私は、会いたい。話がしたい。
そういってくれるだけで、私の存在価値が、どんどん、高まっていく。

  「出会ってくれてありがとう」

  「生きててくれてありがとう」

それは、最大限の、みせすにとっての、うれしい言葉。

私が、その子に対して、プラスの力を、与えられている保障はどこにもないし。
もしかしたら、傷つけてしまう気がする。
この前も、同じ摂食障害の子に対し、
その子が「婚約した」って話を聞いて、
“妬み“的な感情が生まれてしまい、やつあたりした。
(お前、幸せというステージに向けて、一人抜け駆けするなよ、的な。)
ホント、最悪な、みせす。

でも。
そのあと、お風呂入りながら、
なんて自分バカなことをしたんだろうと。
彼女の幸せも願えない、情けない自分なんだろうと、
一人、落ち込んでいた。
ごめんね、まみたん。
そして、ありがとう。
彼女が幸せになること、元気になることは、
私にとって、大きなエネルギーをくれることになる。



先日あった、
LIFEEATのまっきーさんも、
摂食食害から克服したキラキラしたお姉さん。
私とは、天と地の差がありすぎて、
キラキラしすぎて、まぶしすぎて。立ちくらみがするくらい。

●(私も・・いつかこんな風になれるのだろうか)

という不安感と、


●(どーせ、私とは、違うんだ・・・私はまだ病気だ・・・)

という焦りと。


●(でも、いつか、元気になったら、こんな風になれるのかな)

という、かすかな(苦笑)希望と。



言いたい放題言っておいてw
やっぱり、回復している人に会うと、
元気をもらえる。
(私も、こんな風になりたいな)って思う気持ち。

そんな、いろんな気持ちが、感情が
私の心の中を錯綜する。
私が私でいいのか、不安になる。
不安になってたまらないけれど、こんな感情を抱いている、自分が、自分なんだ。



誰一人、変わりはいない、かけがえのない、大切な、ともだち。


私も、「あなた」から見た時に、

そんな、

  「かけがえのないともだちの一人」

に、なれたらいいなと思う。



本当に、「感謝」していきたい。

そして。
誰かのことを想うと、私は、元気になれる。
力をもらえる。
自分のことを、自分で守れないくせに、
「あなた」を守りたい。
「あなた」の力になりたい。

ろぺちゃん。






━━━━━━━━━━━━━━━
▶▶摂食障害のおかげで
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摂食障害になったことは、大きな痛手。
いままで自分が築いてきた、
過去の自分への自信、昔の友達との信頼関係、体型、体重、月経不順(←ほぼ回復)、
倦怠感(休んだとしても気分がふさがってる気持ちw)
失ったものは、数えきれない。

一方で。
摂食障害のおかげで、得たものは、いっぱいある。

○(前の自分より)やさしくなれた(気がする)。
○摂食障害になりそうな人、なりはじめな人に、気づくことができた。
○摂食障害や鬱の人に対して、“正しい接し方”ができるようになった。
○周囲の人の、優しさに、気づけた。
―私を、支えてくれる人。温かく見守ってくれる人が、たくさんいた。
○相手の気持ちを考える大切さを知った。
―共感したもらったからといって、現実的に何かが変わるわけじゃない。
でも、「わかってくれる人がいる」という、安心感は、とても大きい。
○自分の取り扱い方がわかった。
―以下記載するけど、こう落ち込んだ時はこうしたほうがいいな、とか、ね。
○価値観が、変わった。
 ―本当に自分にとって大切なものは、何か。
  ・・・
  「いのち」「健全なこころ」「キラキラした瞬間」
  そういうものを、暖かく、守っていけたらいいな、って思う。




食べているとき、幸せな時が、いっぱいある。
それを感じながら、気づく。
少しでもその瞬間を見つけていけたら、
どんなに愛おしいことなんだろうか、って。



まっきーさんからいただいた、今年初のいちご。
あまずっぱい、優しいかおりが、口の中に広がった。

病気に対して。
「ありのままでいたい」
って想いは、とてつもなく、大きい。

成長もしたくない。
回復?
そりゃしたいけれど、治って焦るものじゃない、
ちがったw
焦って治るものじゃない。
ってこの病気に対してさんざん考えてきた。

焦って全てを犠牲にしてまでも、
回復したいものじゃない

元気な時は元気だし、
マイナス何感情があるときには、書き殴りしているし、
社会生活も、食育ボランティアも、
摂食障害の相談も、自炊も、洗濯も、化粧も。
(たまにそうじも(笑)
いろいろと、スーパーマン(私にとって)みたく、
こなしている気がする。

「疾病利得」って言葉もある。
治りたいのか、治らないのか、って。
言われたら、違う。
私は、「治りたい」

・・・・・

たしかに、いま、日中は拒食気味で(会社にいると食べれなくて)
一日一食(好きなもの食べれるから)
そういう部分で、気が楽になるところもある。
偏食だし。

でも。
普通に食べたいし、食べれるようになりたい。
「三食食べて太らない」なら、私は、たべる。

・・・・・
完璧なる回復まで、目指さない。
ある程度でいい。
社会生活を送れればいい。

・・・・・・・・・・・
いつも、悩む。
冬とか、そのくらいの、気候の変化に敏感で。
共同生活も無理で、すぐ寝たい。
一人が好き。一人でいたい。すぐに体調を壊す。心を壊す。
心のバランスを取ろうと思うと、身体を壊しかねない。

こんな弱っちい、精神弱者なあたしは、
生きている価値があるのか、と。


誰だって、辛いときがある。
孤独に打ちひしがれる時もある。
そのときに、いかに、感情をコントロールできるか、
それで、いい気がする。

・・・・・・・・・・・・・
仕事、したかった。
忙しく生活して、誰かのために、生きたかった。
誰かを、救いたかった。

私らしさ、とか、
自分らしさを、追求しては、いけないのだろうか。
自己顕示量の塊の、自分。

生きる意味・目標・目的を見失う。
結婚したい。
でも、今の自分には、彼氏はいらない。似合わない。
今の自分は、いや。
自分で自分を愛せないのに、人に愛されるような自分じゃない。

今の「生きているだけで精いっぱい」を積み重ねていったら、
夢を、叶えられるのだろうか。
そんな、やり場のない不安に、襲われそうになる時もある。


・楽になりたい。
・頑張っている自分を認めてほしい。

そんな、いろんな想いが、常に、錯綜している。

未来に対して、不安で怖くて、寂しくて、
すぐ体調不安定(朝だるいし、日中元気だけど、すぐ雨や低気圧で頭痛になる)


・・・・・・・・・・・・・

摂食障害で悩む時間を、
誰かのために、役に立ちたい。
困っている人を、助けたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・



私らしく、穏やかな瞬間をもって、
大切にゆっくり、私らしく、生きていければいい。
きっと、きっと。
そう信じてもいいのよね?




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▶▶もやもやした感情
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とはいえ、やっぱり、いろんな感情は付きまとう。
朝一で起きられないし
(ベルソムラのおかげで大分すっきりおきられるようにはなったけれど。)
朝ベッドで起きたら、「会社行きたくないな」っていう感情は膨らんで
たとえばずっとゆっくりLSD(ゆーっくりなjogのこと)していたいとか、
(走るとちょっと身体と心が楽になる)。

冬休みおわって、会社に出社する日は
さすがに朝から吐き気に苦しんだこともある。


それでも、
今を、生きている。

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▶▶仕事と将来のこと
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仕事のこと。人間関係のストレスのこと。
パワーハラスメントによるPTSDのこと。
すごく、いろんなことを、考える。


未来ってどうなるか、本当にわからない。
今の部署も、大好き!とはほど多い部署だけれど、
隣の部署が、統計解析で。
(これ以上かくと、
会社の人にどうされるかわからないのでもうやめますw)

たまたま本を読みながら勉強してて、一人大爆笑しましたw

>>>>>(以下引用)>>>>>>
世の中には、3つのうそがある。

 【うそ】と、
 【大うそ】と、
 【統計】だ。

>>>>>>>>>>>>>>>
いままで、「統計」なんて、全く自分には関係なかったし、
やることになるとも思わなかった。
ほんと仕事や、人生ってどうなるかわかんないし、
自分の想像していなかった世界が待ってる。

・・・・・・・・・


夢を描き続けて、
夢が叶うまでは、時間がかかる。
いまやっていることが、すぐ、大きな成果に結びつくわけではない。
でも、いきなり、大きな成果として評価されることもある。
ある時いきなり花開くように。
いつ、何がどんなことが起こるかって、わからない。
それが、人生だったりする。
そう思うと、「今の、ありのままの自分」でもいいんじゃないか。って思う。

で。
女子栄養大学の夜間入学説明会(オープンキャンパスみたいなやつね)
「一歩踏み出したら、変わりますよ。」

って言われて。
(ああ、そうだな)、と純粋に思った。

いままでのこと、
(あんなに走馬灯みたいに振り返るのが嫌だw)
とか言ってたくせに、

ちょっと考えてみた。

●摂食障害で辛かったこと。

●大学病院を初診したこと。

●KKPを立ち上げて、症状が安定してきたこと。

●就職活動をしたこと。今都内で社会人生活をやっていること。


すべては、なりゆきだと思っていたりもしていたんだが、

でも、そこには、少なからず、

自分の「こうしたい」という意志が存在していたんだろう。



いろんなことー自分ひとりで決めるものじゃない。

自分が動くように、周りが動いている。

その中で、最終的にどうするかは、自分が決めていくこと。

・・・・・・・

と、いう、他力本願な考え方のみせすww




でも、実際に私の友達には、
それ以上のつわものがいまして、ですね。
学校の先生を目指しているんだけれど、

「教員になりたいかどうか、じゃないくて、
自分がなるべき人かどうかは、試験に受かってはじめてきまる。
だから自分で決められることじゃない。」
という声に、まさに、ああ、そうだな、と思ってしまったw(笑)


仕事に対するモチベーションがない。
このプロジェクトを、絶対成功させたい、とか
そういう思いが不思議とない。
「ちょっと疲れちゃったな」ってこういうことなんだろうか。
それとも、そういう意識って、何かすぎたら芽生えるものなんだろうか。

すべてを忘れて、ぼーっとしていたい。
私らしく生きていく、ってどういうことなんだろう。



今日も、、失敗してしまった・・・
失敗することは、多々ある。
内線の電話で、人によって、音の種類は違うのだけれど、
違う人だと思って、別の人(席をはずしている人)の内線をとってしまったり。
でしゃばるほど、きっと、出る杭は打たれる。そんな気持ち。



決断したいけれど、
決断が差し迫ってくると思うと、ちょっぴり怖い。
それが、「人間の性」であり、そういうもんなのだと思う。

そりゃ、仕事を頼まれているときは、それはそれでうれしい。
でも。
その仕事の向かうべきところがどこなのか、って考えた時に、
今はボランティアでやっていることと、
仕事=仕事と割り切っていること(自分の飯を食べるための手段)
って考えているそのギャップが激しすぎたりする。

怖いこと。不安なこと。

きっと、「医療の世界に入りたい」っていう気持ちは、
いつか時間がたてば消えるのだろうかとも思う。
「医療」か「教育」の世界で、子供たちと一緒に生きていきたい。

少しでも、自分のした行いで、
未来が少しでもよい方向に変わっていくことを、切に願う。


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▶▶2016年への祈り。
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やっと、年が明けて、落ち着いた気がする。

そう。
年末年始は、走馬灯のようにフラッシュバックしてくる記憶の数々。
柔らかすぎる感情と、記憶に押しつぶされそうになる。




感じ取るはずの気持ちを、しっかり感じ取る。
自分自身と、向き合うプロセス。
感情受容と、調節スキルを、高めていく。

ふわふわ、ぐるぐる、めまいに襲われることもある
(目もあけられないくらい)。
自分の好きなことをしているとき、幸せのオーラがあるけれど、
一方で、
辛いとき。居場所がないときのギャップが激しい。

正直言うとね、
心のどこかに(消えたい)とか(死んじゃいたい)っていう気持ちは
どこかに起こっている。

すべての感情は、過ぎ去る。
「うれしい」「幸せ」っていう前向きな、感情も、
「もうだめかもしれない・・」っていう後ろ向きな、感情も。
どんどん、過ぎていく。





去年の夏からはじめた、
会社の昼休みの、「散歩」-「神社のお参り」。
最初は、ただ、散歩がメインだったけど、
今は、「祈る」ということが、メインになりつつある。

大学院時代に、
ミャンマーやラオスにバックパッカーしたときのこと。
向こうは仏教で、大きな、派手なお寺がいっぱいあって。
ひたすら、「瞑想」=[meditation]していた。
「瞑想」—自分の感情を解き放つ。無になる。
瞑想によって、がんを克服した人もいるという。

(そのときは、絶対嘘だろw)とか思っていたけれど、
それから、約3年。
「マインドフルネス」が「ペイン領域」に応用されることを知って、
そこから、本を読み進め。
今になって、その「力」の大きさに、気づいた。

本当、今更ながら、
神々様を信じるようになった。
遅いかもしれないけれど、万の神様に今更ながら、感謝と、祈りと、願いを。
事実。
祈っている瞬間は、本当に、穏やかな気持ちになれる。

***一人でも、多くの摂食障害に悩む子が、
 今日を穏やかに過ごせますように。
***都内の交通事故が、昨日より減っていますように。
***お姉ちゃんに赤ちゃんが宿りますように。

そんな、ささやかな、想いを届けていきたい。

***********************

やっとね。

いろんな自分の過去を、少しずつ振り返ることができている気がする。

海外にいったこと。過食したこと。
やってはいけないことを、たくさんしたこと。

台湾のHIV孤児院で。

抱きしめた、尊い命があった。

HIV/AIDSの感染者の割合が最も高いアフリカのスワジランドで。

目をそらしたくなるような、現実があった。

とても、脆いはずの、彼らなのに、

心からのぬくもりと、目のなかには、キラキラした未来を描く光がまぶしくて。

彼らの“真っ黒“なー日に焼けた、かつ、歴史を物語る、力強い色の手のひらに握られ、

私の、目指す未来を、変えた。



はじめて、「医療」をやりたいと、思った。


彼らが、私を人気者に、祭り上げてくれた。

私の、海外でのボランティア経験を、彼らが素敵なものにしてくれた。

彼らのために、私は、「生きていかなきゃ」と思った。



ある漫画を読んでいて。

児童虐待の母に対し、精神的な例外措置が認められたあとの
弁護士から加害者である母への一言。

//罪を背負って生きること。
//それは何よりも、厳しい罰。
//一生かけて償い続けて、私の心の中で生き続けさせる。
//でも。
//許しを乞いたいと思うなら、生きなきゃいけない。



ずっと、逃げていたかった。

摂食障害になって。

「どうせ、私はだめだから」

「どうせ、治らないから」

治らないから何してもいいわけじゃない。

会社でダラダラしていいわけじゃない。

誰かに過剰に頼ったり、言い訳してやることから逃げていいわけじゃない。


何より、
「摂食障害」だから「死んでいい」わけじゃない。

今でも覚えてる。

主治医の。

「こんな私でも生きてていいの」っていうことに対して。

「ちゃんと、生きなさい」

と、強く、厳かに、私に向かってくれたこと。



・・・・・

時間が、いろんなものをゆるしてくれるように。
少しずつ、いろんな絡み合ったものが、
緩むことによって、ほどけていくように。

きっと。
「摂食障害」だったことを、
120%笑顔に変えられる日が来るのだろうか。




こんな私なのに、

いつも見捨てずに、

信じて疑わず、応援してくれた、人がいた。





私の周りには、「愛」があった。

「愛」は、姿も、形も見えなくて

でも、たしかな、このぬくもりを感じて、

いつも、支えられてきた。




************


「夢」って、そのときにしか、持てないもの。

夢を追いかける生き方がいいのか、

今誇らしく生きていければそれでいいのか、わかんないし、

考えることもなかなか辛いけれど、

今の私は「誇らしく」生きているのだろうか。


摂食障害についていえば、少しだけ
「誇らしく」コントロールできるようになってきた。
(自分にとって、前の自分と比べて
 ←って比べることが間違っているのかもれしれないけど)

食育というボランティア活動(KKP)も始めて、3年以上たとうとしている。

何より。

生きることは、あきらめたくないし、

生きていきたい。

2016年も、
2017年も、生きていきたい。


私の主治医みたいに、
目の前にいる人を、救えるような、人になりたい。


********************


今年は、もう少し、自分の心と身体の声に素直になりつつ、
健全な心と身体を得られるような、
基本的な生活習慣を正してければいいな、と思う。

マイナスな感情も、愛おしくなれるようになれたら、
それはどれだけ幸せなことなんだろうか。

「目標」というより、
「祈り」であり、「願い」でしかないけれど。
誰かを、支えられる人になりたい。

*それぞれの、願いの中に、佇む。


2016年のみせすも、
よろしくお願いいたします。









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プライバシーの問題もあると思うので、ミセスさんの写真は(ご本人のことなので)のせても良いと思いますが、ほかの方の写真(友達や子供の写真とか)は、ブログに載せないほうがいいと思います。顔にモザイクするとかしたほうがいいと思います。
プロフィール

ころいど/みせす

Author:ころいど/みせす
*群馬県太田市出身
→東京の薬科大学を卒業@2012
→群馬の大学院修士取得@2014
→2014年4月~都内社会人。

*1991年股関節脱臼(生後3歳)
*2009年臼蓋形成不全
変形性股関節症進行期
 CE角(正常+30°~)
 左-22° 右+16°
→2009/3/5に左股関節骨切り手術「AAO」
(当時大学2年春/19歳)
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
*現在
【左既術性形成不全股関節症】
経過観察中。術後7年経過。(2016年4月現在)

オペ後に体重管理をしようと、
大学2年〜自己流なダイエットをしたことにより、
*摂食障害歴(拒食,過食嘔吐、過食、無茶食い)
6年〜

★メールは
kaneko.hiroko93★gmail.com
↑★を@にかえてね!

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